明日からまた雨予報です。草を刈るのは今日しかないと腰を上げて網代道場へ。
午後はあまり暑くならず、風も吹いて涼しいくらいでした。
3時間ほど草刈機&手で草を刈り、ずいぶんすっきりしました。
ただ、何か抜本対策を考えないと、わずかの期間しかきれいな状態が続きません。どうしたものでしょうか。


花壇の皇帝ダリアは順調に大きくなっていました。

明日からまた雨予報です。草を刈るのは今日しかないと腰を上げて網代道場へ。
午後はあまり暑くならず、風も吹いて涼しいくらいでした。
3時間ほど草刈機&手で草を刈り、ずいぶんすっきりしました。
ただ、何か抜本対策を考えないと、わずかの期間しかきれいな状態が続きません。どうしたものでしょうか。


花壇の皇帝ダリアは順調に大きくなっていました。





冬の積雪で、すっかり折れ曲がってしまったといの取り替えで大工さんが来られました。玄関の上と本堂の裏の2箇所の取り替えです。
加えて、雨雪では痛んだ壁の塗り直しも。
作業は一両日かかるとのことです。
大工さん、よろしくお願いします。
本日は、午前中は法事のお礼ハガキや、先月の永代経法要に懇志を寄せていただいたご門徒さんへの受領書を作成。午後は逮夜法要を1件お勤めし、オンラインで真宗講座を受講しました。
ここ最近、リアルタイムで視聴できませんでした。今日は飛び飛びでしたがリアルタイムで講座を受講しました。追っかけ視聴できるのは、講座の日から1カ月。2回分を視聴していませんので、何とか追いつかないといけません。
3週間ほど前の講座のことですが、宗教学者の釈徹宗さんがこんな話をされました。
「4から6万年ほど前に、人間は何らかの宗教的な儀礼を行うようになりました。死をイメージするようになり、他の動物には見えない世界に心を伸ばすようになりました」「人類はあるとき、認知機能をオーバーフローさせました。過剰な心の領域が人にはあり、宗教という領域があります」「宗教を学ぶと、人間の愚かさと愛おしさを知ることができます」
ところで世界で一番、人がお参りする宗教施設がどこなのか、ご存知ですか?
釈さんによると、なんと、成田山新勝寺(真言宗智山派大本山、千葉県成田市)だそうです。年間のべ9000万人がお参りされるそうです。
日本人は「無宗教」と答える人が世界で2番目に多い民族です。ですが、おみくじ引いたり、御朱印を集めたり、初詣に行ったり、パワースポットを巡ったりといったことありますよね。そんな日本人について「無自覚な宗教性」を持っていると釈さんは説明されていました。
お寺のブログをのぞいていただいている方には、「自覚的な宗教性」があると、私は思うのですが、どうでしょうか?
今日の法事の際、お参りの方に故人の思い出を少し聞きました。同じ町内の漁村から田後に嫁いで来られました。身体を動かすことが好きで、畑仕事に精を出されたとか。なれそめをうかがうと、ご主人の方は相手の顔を写真上で知っていたそうですが、奥さんは夫となる相手の顔も知らずに嫁いで来られたとのこと。まだ戦後まもない頃の話です。
恋愛も結婚も自由意志に委ねられるべきとは思いますが、以前の地域社会では、仲を取り持つ方の「おせっかい」が機能していたのでしょう。また、家同士で決めてしまうことも多かったことでしょう。
お寺も貢献していたようです。「真宗寺院の報恩講は、若い人の出会いの場だったんだで。着物を着ておしゃれしてお参りしたんだが」とある方から聞いたことがあります。縁結びは神さまの専売特許というわけでもなさそう。
お寺で何かできることがないかなー。

昨日からまとまった雨が降りました。午前中は曇り空。このところの陽気とはうって変わって肌寒さを感じるほどです。
この数日、境内の蓮の鉢から茎と葉がぐんぐん伸びてきました。雨に降られても蓮の葉は露をはじいて濡れることがありません。これをロータス効果と呼ぶそうです。自然とは本当に不思議なものです。
昨年は6月30日に一輪目が咲いたとブログに書いていました。今年はいつ咲いてくれるでしょうか。
今日は朝から地域の清掃デー。
岩井のみなさんが軽トラック2台分の草を刈りました。

私は今月も草袋を回収する当番です。もう一人の担当の方は長く岩井に住んでいらっしゃるので、大体の方の名前がパッと出てきます。私は全然出てこないので、いけません・・・。
掃除が終わり、午前中は法事です。
換気のため扉を開け放っていたのですが、法事中にツバメが3羽迷い込み、法事は一時中断。「ちゅぴちゅぴちゅぴ」とさえずりながら本堂内を飛び回り、畳の上にお土産も残して去っていきました。と思ったら、もう一羽迷い込んでいて、なかなか出てくれません。読経の最中に、鳴き声で節を入れてくれ、しばらくすると帰っていかれました。
お参りの中には高校1年生も。農業系の学校に通っています。「学校は楽しいです。いまとうもろこしを育てていて、夏になったら収穫して家に持って帰れる」。
進路についてご両親が気を揉んでおられたのを知っていたので、「楽しい」のひとことに、こちらもホッとするのでした。どうかこれからも楽しい高校生活を!
そして、午後は西法寺通信のインタビュー。田後のご門徒さんから、お父さんの戦争体験、ご自身の漁師時代のことなど、2時間以上にわたってお話を聞かせていただきました。ほんの少ししか紙面では紹介できないのが残念です。7月初旬の発行をめざして次週から作成開始です。
そして1日の締めはカレー。先日、魚のあきんどさんからお参りの際にいただいたお手製のエビフライをトッピングしました。美味しかったです。ありがとうございました。

ナモです。
このごろ、あっついひがあって、ふろーりんぐや、おぶつまのたたみのうえに、のびのびーとして、きゅうけいしていることがおおくなりました。

きょうは、おばたんが、おしごとにいかず、おうちでようじをしていたので、ねているどころではありませんでした。だってね、ふゆのふくとなつのふくをいれかえたり、おふとんのふゆのかばーのおかたづけしたり、あたいがだいすきなところばかりあけるんだもん。ひきだしにはいってみたり、おしいれのたんけんをしたり、おもしよかったです。

ター坊は、こんなおもしよいこともみずに、おひるねばかりしていました。このごろ、よるにでてくるむしをみつけるおてつだいをしているので、ねむねむなのです。

むしというのは、どうたいがながくてまっくろで、あかいあしがいーっぱいあるムカデというやつです。こないだから、あたいとター坊で、4ひきみつけました。
あめふりのときに、いえのなかにはいってきやすいそうです。

おおきいのがでてくると、あたいはスタコラにげることにしているけど、ター坊は猫パンチして鼻先でつつきまわそうとします。
さいしょにでたのが、おおきいやつでした。おばたんは、ター坊がかまれないように、ムカデとター坊、りょうほうをおさえないといけなくて、たいへんだったそうです。
もう2ひきは、あたいのパンチでのびてしまいました。そして、おとついター坊がせんたくもののかごから、つつきだしたもう1ぴきは、おおきかったそうだけど、おいたんがすりっぱをとりにいってるあいだににげてしまいました。
あしがようけあるムシの足音は、あたいたちにはよくきこえます。
「このなつも、たのんだで!」とおねがいされているので、がんばってけいびします。おばたんは「ムカデあぶら」をつくりたいので、おおきいのをいけどりしたいんだって。

坊守です。
皆さんパンはお好きですか?
私は、家と職場の道中にあるパン屋さんが気に入りです。大きな窯と黒猫が店のシンボルになっていて、あちこちにター坊がいる感じの飾りつけなんですよ。
今日の昼ごはんは、そこで出している、ヴィーガンサンドをいただきました。ヴィーガンとは「完全菜食」という意味で、牛乳や卵のような動物性の食材も摂らない食事のようです。動物実験などにも反対しているんだそう。ベジタリアンをもっと真面目にした感じやな、と適当な解釈をしました。

私がこれをいただいたのは、動物愛護の追求を決意した訳ではなく、週明けに、久しぶりに謎のじんましんが出てカユカユの刑だったので、しばらく動物性の食材はひかえておこう、という理由です。
これ、メインの食材は油揚げです。お揚げさんにほどよく味をつけてあって、そこにトマトやレタスが加えてあります。
物足りないどころか、十分ボリュームのあるバーガーでした。
この延長で先輩から「高野豆腐の唐揚げもいけるで」と、教えてもらいました。
カスカスの高野豆腐をカラカラに揚げてどないすんの?と思いながら作り方をみたら、戻した高野豆腐にニンニクやショウガでしっかり味をつけて揚げるようになっていました。鳥の唐揚げの風味がするとの噂です。
精進料理の高野豆腐でええやんか…と考えることはやめて、ニンゲンの飽くことのない探究心と食欲に脱帽しておきます。
なお「がんもどき」は、お肉に似せた精進料理が発祥で、元の表記は「雁もどき」。雁に似せたから、この名前がついたんじゃないか、という説もあるそうです。

このところ30℃近い気温が続いています。暑いですねー。
6月になると僧侶も衣替えの季節。薄手の衣体に衣替えとなります。上に着る袈裟も、下に着る白衣、半襦袢も、肩からかける五条袈裟も、そして袴も全て薄手になります。

夏服の出番は9月末までとなります。冬服はクリーニングに出して、次の出番に備えていただきましょう。
元禄8年新鋳。昭和17年、太平洋戦争に供出。昭和60年再鋳。そして2022(令和4)年、37年ぶりの修繕となりました。
昭和17年から昭和60年までお寺に梵鐘はありませんでした。檀信徒のみなさんのおかげで再びお寺に鐘が戻り、今回もみなさんのおかげで修繕する事ができました。


昭和17年当時、国に供述した際のてん末を、前々住職が記録に残しています。この度の修復のお礼と、その当時のことを次の西法寺通信に記し、みなさんにも知っていただきたいと考えているところです。