ささやかではありますが

もう一昨年のことです。お寺で初の忘年会を開催した際、「領収書でなくていいから、懇志を受けとりましたという紙を出してくれないか」との要望がありました。それからお寺の法要の際に懇志を寄せてくださったご門徒さんに、ささやかではありますが、感謝を込めて葉書サイズの受領書をお返ししています。

今回は蓮でいくことにしました。先日の台風で散ってしまい、写真上にしか蓮はありません。黒いのは小さな虫です。払い除けようかとも思ったのですが、花に虫がつくのは当然ですからやめました。

この夏のお盆法要も昨年同様、寺族を中心としたお勤めにすることに。

このような状況のなかでもたくさんのご門徒さんが懇志を寄せてくださいました。

懇志は、お寺への寄付であり、その維持のために使われるという性格があります。

お布施は、仏さまへのお供え・感謝です。読経料ではありません。知り合いの僧侶の方が「お預かりします」と言われるので、わたしは当初違和感があったのですが、意味がわかればなるほどです。料金という感覚が身に付いているから「?」だったのです。

ちょっと脱線しましたが、みなさんの気持ちを受け止めて有効に活用させていただきます。

野菜のおすそ分け

ナモの出身地、網代の猫の泉のご主人が夕方、来られました。玄関に人影を感じると隠れてしまうナモが出てきて元のご主人にあいさつしていました。思い出したかな?

農地を借りて畑を作っておられるそうです。野菜とスイカをいただきました。

ありがとうございます。さっそく晩ごはんにいただきます。

すりすり

「地球がめげる」

台風9号は通過したものの、雨が降り続いています。西法寺農園のひまわりはすべて倒れてしまい、朝、応急処置。

後片付けをされていた近所の方は、「地球がめげようるでー」と。めげるというのは、壊れるという意味です。

オリンピック中は休止されていたNHKBSのワールドニュースを先程見ていたら、「気候変動に間する政府間パネル」が、人間の活動が地球温暖化に与える影響について「疑う余地がない」と初めて断定したことについて報じていました。

『阿弥陀経』の一節、劫濁・見濁・煩悩濁・衆生濁・命濁が頭をよぎりました。そして、この悪世に生きる私たちを救うために阿弥陀仏は教えを説いた、とお経はつづきます。

必ず救うという仏の願いを、我が願いとして行動の指針として生きていくことがいよいよ求められているように思います。たとえそれが仏の真似事であったとしても。

強風被害

お盆前だというのに台風です。近所の桜の木が折れて道をふさいでしまいました。道の真ん中からとりあえず移動。

我が家の蓮は、葉っぱの茎が無残な状況です。せっかくひとつだけ咲いてくれそうだったのですが。

風はまだ相当の強さ。気をつけましょう。

ナガサキの日 鐘をつきました

8月9日午前11時2分、アメリカによりナガサキに原爆が投下された同時刻に鐘をつきました。

今日は動画です

長崎原爆資料館被害の実相がよくわかります。なんということを人間は同じ人間に対して行なってしまったのでしょうか。

それから76年目の夏を迎えています。

先日お亡くなりになった益川敏英さんは、「戦争があと200年経てば、地球上からなくなるだろう」と発言されていました。

「理性的に考えて間違っていることに気づいたなら、長い目で見たら必ず是正されてきたーそれが人類の歴史です」「もちろん、棚ぼたみたいに天から降ってくるもんじゃありません。それなりの努力を続けていくならば、戦争を地球上からなくすことはできると思う。真剣にそう思っています」(『学問、楽しくなくっちゃ』より)

被爆者の長年の尽力により、核兵器禁止条約が生まれました。理性的に間違っていることを禁止することが法的な枠組となりました。

日本政府は残念ながら核抑止の立場ですから、批准していません。しかし、核で核を防ぐという無明煩悩を世界が捨てる未来はきっとやってくると私自身、信じています。

境内の蓮です

ナモとタリ

坊守です。

今週は痛いほどの日射の下で過ごしたせいか、バテバテです。

我が家は1階の仏間とつづきの和室が涼しく過ごせます。昨日はナモも庭の見える縁でごろり。黒猫のタリ坊も檻でころり。

そうそう、我々がこの子猫を保護してから1週間になりました。

子猫用のフードを確保し何時間かおきに食べさせ、朝晩はお薬を。トイレに行けば後始末して、掃除の間に運動タイム、といったお世話を、みんなでやっています。

蜘蛛の巣やほこりだらけで痩せ細っていた子猫は、短い間に、お腹をぽんぽこにした、いたずらっ子になりました。

ナモは尻尾をたらして遊ばせてます

予想以上にチビさんの相手をするようになった保育士ナモ先生のもと、飛んだり跳ねたり転がったり、なかなかの運動神経を披露しています。

日傘さしかけて

今日も暑いです。午前中は2件、お墓でのお勤めがありました。ご門徒さんがさりげなく日傘をさしてくださり、こんなにも違うものかと。

こういうのを、「傘さしかけて心よりそへる」(放哉)というのでしょうか。

午後は網代に届け物。シーカヤックが涼しげでした。青い空、そして海。いいですねぇ。

ヒロシマの日 鐘をつきました

1945年8月6日午前8時15分。アメリカにより広島に原爆が投下されました。同年末までに14万人の方が原爆により命を奪われたと推計されています。

広島市ホームページ「死者数について」

すべての犠牲者に哀悼の意を表するとともに、核兵器をなくせの気持ちを込めて鐘をつきました。

もし、小さい方、若い方でこのブログをみてくれている方がいらっしゃったら、ぜひ、この詩を読んでみてください。あの日、何があったのか想像してみてください。

峠三吉 原爆詩集

ちちをかえせ ははをかえせ
としよりをかえせ こどもをかえせ
わたしをかえせ わたしにつながるにんげんをかえせ
にんげんの にんげんのよのあるかぎりくずれぬへいわを へいわをかえせ

マスクをいただきました

午前中お参りされたご門徒の歯科医師さんより、「住職さん、使ってください。息苦しくないからいいですよ」とマスクを20枚いただきました。

職場でも使っているそうです。洗っての使用もできるとのこと。

これまで布マスクを使っていたのですがデルタ株には不織布マスクがよいとのこと。しかし、市販のマスクは息苦しくてどうしようかと困っていたところだったのです。3段折りたたみ立体デザインで息苦しくありません。こういうタイプのものがあったんですね。

気にかけていただいてほんとうにありがとうございます。

鳥居をなおす

町会の組長にはさまざまなミッションがあります。

昨日は愛宕山に立てた鳥居(ロープにLEDのランプを巻いたもの)のロープが切れたとのことで、早朝、山に登って修理作業でした。

小一時間ほどの作業で修理完了です。

愛宕山に登るのは滅多にないので、いい運動にもなります。

山頂付近は木が生い茂り、真下にある我が家からは全体像が見えないのが、ちょっと残念です。

夜はこんな感じ。