ナモの日記(5周年)

ナモです。

きょうでアタイはここのおうちのネコになって、ごねんたつんだそうです。

アタイは、おてらからだいぶんはなれた、あじろでうまれました。さいほうじのごもんとさんが、ごはんをくれたり、ねどこをくれたりしておせわしてくれていました。さむくなるまでに、いっぱいいたきょうだいたちは、あちこちのおうちにもらわれていきました。
でも、アタイにはおむかえがなくて、ノラネコのまんま12がつになってしまいました。
おいたんが、ばすけっとをもってきてくれたときには、じぶんから、わーい!と、はしっていきました。
いわいのおうちには、まっかにもえるすとーぶやいつでももぐりこめるおこたもあって、ぬくぬくでした。

5年前のナモ

いまは、たーちゃんやおんちゃんもきて、にぎやかです。でも、アタイはおいたんがいちばんすきなので、きのうのばんは、おいたんといっしょのおふとんでねました。
まいにちカツオブシがもらえたら、もっといいこになれるとおもいます。じゃあね

12/21 朗読と音楽 奏(かな)で

表記のイベントを西法寺本堂を会場に開催します。主催は、「岩美まちづくりの会」。午後1時半開会、3時半まで。

尾崎翠の作品「アップルパイの午後」の朗読、岩美町に伝わる民話の朗読、フルート、ハーモニカの演奏など。

西法寺で生まれた尾崎翠さんにちなんだイベントでもあります。

入場無料です。ぜひお越しください。

忘れられない葬儀のこと

朝、先週の金曜日、悪天候のため延期した墓じまいへ。岩井集落からすぐの地域の墓地、それも一番上の方にありました。近くには無縁墓になって荒れた状態になっているお墓もありました。

お墓の前でしばし読経です。「登りはまだええけど、下りが大変だで」とご近所さん。確かに葉っぱが地面を覆い、滑りそうな道でした。この度、下の方に墓地を移されるとのこと。

私がまだ小さい頃は、周辺の田んぼも青々として、山道も人の手が入っていました。今は耕作ができなくなった田んぼや畑が目立ち、うちの境内にも夜、鹿が出ることもあります。お墓のお花をかじったり、芽が出た野菜を全て食べたりと動物界との境界線がなくなっています。

お墓から帰って、日中は来年の法事の案内づくりです。もう来年が7回忌なのかとある葬儀のことを思い出しました。2019年の夏、大阪在住で町内出身の方の葬儀に出向いたことがあります。住職を継職して約1カ月後のことです。参列したのは親戚の方お2人でした。年賀状のやり取りでつながっていた親戚の方が生前、故人さまから、「もしもの時は葬儀を出してくれないだろうか」と頼まれていたそうです。3人で葬儀を勤め、火葬場で荼毘に伏しました。収骨までの時間に葬儀に至るいきさつを詳しくうかがってとても心を動かされたのです。

あの日、思ったことを忘れないようにしないといけないなあと、改めて。

自分にできることがあればさせていたこう。
できないことはできる人の力を借りてさせていただこう。

「歎異抄」を輪読する

あっという間に12月です。今日は午前中、法事が2件ありました。残すところ今年の年回法要も来週末の1件のみ。上旬は、来年の年回法要の案内づくり、西法寺通信の作成に力を注ぎたいと思います。

午後は「歎異抄」の輪読会でした。私ふくめて4人の参加。第10条から第12条まで読み、意見交換しました。
「歎異抄」は第18条まであります。第10条の後半部分は、「中序」と言われています。唯円さんが、親鸞聖人の教えが誤った解釈で広がっていくことを嘆き、以下、詳しくのべますという書き方になっています。鎌倉時代当時、親鸞グループの数は数万人の規模だったそうです。当時の人口は800万人ほどですから、人口比から考えると小さくない勢力です。

「なぜ日本で仏教が盛んになったの?」という質問がありました。

親鸞聖人の教えというのは、煩悩を抱えたままの私が、阿弥陀仏に救いとられ、いのちつきた時には浄土に生まれ、智慧と慈悲の仏となるという教えです。それまでの日本の仏教の教えとは大きく違います。従来の教えではこぼれ落ちていく人がたくさんいて、まさにその人たちのための教え、仏教が日本で誕生したという事でしょう。そこにひかれた方たちが大勢いらっしゃったからではーー。

といった説明を私の方から。

第12条には有名なくだりも。
「本願を信じて念仏を申さば仏に成る」

そうそう、輪読会の前に、本堂にカラオケセットを出してマイクテストしました。セットといっても簡単なもので、インターネットにタブレットをつなぎ、音をスピーカーに飛ばしてマイクで歌うというものです。1人、中島みゆきさんの「糸」、美空ひばりさんの「愛燦燦」を熱唱しました。これからの時期、出番がありそうです。お寺の忘年会、なもなもサロンはカラオケもありで開催したいと思います。

ネコの扉Ⅱ

坊守です。

半ドンで帰ったものの、住職もナモもタリもみんなどこかにいっちゃって、遊び相手が居ないので、工作をしました。

先日、黒猫のター助が壊した猫の扉を、和紙で作り直したと報告しましたが、みるたびに猫の造形が気に入らなかったのです。

輪郭をチョキっと切ってから、おめめとおくちもつくりました。


これならいいや、とター坊に感想をきいてみても、興味がないんだそうです。

ビフォー
アフター

豪で、SNS禁止法案可決

びっくりしました。オーストラリアで16歳未満のSNS利用を禁止する法案が可決されたのです。対象はX、インスタグラム、フェイスブック、TikTokなど。技術的な課題が多く、実効性は疑問視されているようですが、思い切った法案です。個人には罰則はなく、違反した企業に日本円で最高49億円の罰金を課すとのこと。

アルバジーニ首相は、SNSを介してのいじめを苦にした自死や性被害の多発をふまえての法制化であると説明しています。「今回の法律で親と子どもの会話が変わり、その変化はオーストラリアの子どもたちにとって害を少なくし、より良い結果をもたらすことになる」とのコメントも。

オーストラリアの世論は支持が多数のようです。

私たちの子ども時代には考えられなかった技術が生活に入り込み、とくにSNSは人を操るかのような現実です。負の面から小さな人たちを守らないといけないのはその通りとも思いますが、全面禁止でいいのかどうか。

世界初の試みがどうなるのか。施行ははやくても1年後ですが、注目されます。

あられ降る

今日も朝から肌寒い。それでも晴れ間がさし、岩井の方から頼まれていたお墓じまいのお勤めができるかなと思っていましたが、天候が急変し、空から白い粒が。ほんのひととき、あられが落ちてきました。約束の時間に施主さんが来られて、「なんだあ、いけんで。月曜でどんなだな?」と延期に。

最新の1カ月予報では来週後半の12月7日ごろから寒くなるようです。それまでには車のタイヤもかえなければ。

次の日曜は午後、「歎異抄を読む会」を予定しています。原文と現代語訳を輪読して、感想を出し合う形ですすめています。次は第10条から。ここは第1条から第9条までに述べた浄土真宗の教えをまとめたところです。そして「上人(親鸞)の仰せにあらざる異議ども」について、第11条以下でとりあげていくことを唯円さんが嘆きつつ記しています。

朝から原文と解説書を読みました。さまざまな本、解説本がありますが、原文を目で追うなり、可能なら声に出して読んでみる、そして意味を考えてみる、というのが頭に入ってくるように思います。

今日はなんの日?

11月28日、朝から肌寒いです。我が家の庭を居所と決め込んだハクは、坊守の作ったダンボールハウスで暖をとっていました。

近くにいたシマちゃんもカメラを向けると珍しく近づいてきて、

ど迫力。ピントがあいませんでした。

午後、田後と網代へ。報恩講に懇志をよせていただいたご門徒さんへ受納書と記念のタオルを進呈です。

1262(弘長2)年11月28日、親鸞聖人が90年でご往生されました。

全国の真宗寺院で、今の時期、報恩講がおつとめされています。

この時期はお講凪とよばれ、おだやかな日和がつづくということなのですが、田後の海は波風ともつよく、冬の到来を感じさせられました。

ゆかむり班の日

今日は医療生協の班会・ゆかむり班の日です。はじめて来られた方も加えて7名。少しずつメンバーが増えてきました。いいことです。1人あたり100円の班活動援助金をいただけますし。

手指を使った頭の体操、脳トレです。みなさん、こんがらがって笑いつつ。私も危ないところです。

頭の体操、フレイルの度合チェック、合間におしゃべりと、いい時間を過ごせたのではないでしょうか。「家族が生協病院に世話になり、色々と調べてくれ、とてもありがたかった」と職員のTさんにお礼を述べる方もありました。

来月は12月25日の開催です。

葬儀をおつとめして

今日は葬儀をつとめました。長く施設で生活されていたご門徒さんで、残念ながら私はお会いしたことがありません。

昨日朝の臨終勤行のあと、娘さんから思い出話をうかがいました。しつけに厳しいお母さんで、曲がったことが大嫌いだったとのこと。「母に叱られて小屋からだしてくれなかったことも。となりのおばあちゃんが助けてくれました」「厳しくもやさしい母でした」。定年まで会社勤めをされ、退職後は野菜づくりに精を出していたそうです。

葬儀が終わり、お参りされていたご門徒さんから、「新しく仏壇を買うことになったので、ご本尊をよろしく」と声がかかりました。本願寺では免物(めんもつ)、仏壇に掛ける軸を扱っています。中央にご本尊、両脇にお脇掛けという形になります。軸のサイズは「代」で表します。

話をうかがいながら、先日読んだ記事のことが頭をよぎりました。

今年元旦の能登の地震で被害にあったある真宗ご門徒さんが、二百代のお仏壇を廃棄せざるをえなかったという内容です。二百代というのは、軸の大きさ縦約80センチ×横約30センチです。さぞかし立派なお仏壇に違いありません。手放すことになったご家族も残念な思いでいらっしゃることでしょう。

火葬場に移動し、荼毘にふし、最後はお寺での還骨法要です。蓮如さんの「白骨章」を拝読。

「それ、人間の浮生(ふしょう)なる相(そう)をつらつら観ずるに、おおよそはかなきものは、この世の始中終(しちゅうじゅう)、幻の如くなる一期(いちご)なり」

本当にその通りなのです。

法要が終わり、昨日お預かりした過去帳にお母さんの法名、お名前を記載してお返ししました。亡き方をごえんに、施主さんご家族がご本尊に手を合わせられることでしょう。

合掌