入選は参加賞?

習字教室の課題『般若心経』も終盤。他の方たちは次の課題『竹取物語』へ移行しています。私はあと2回はかかりそうです。

阿耨多羅三藐三菩提とは、さとりのことです。『般若心経』はもちろん浄土真宗が読むお経にも出てくる言葉ですが、筆で書いたのは今日がはじめてでした。

さて、先月、先生の薦めで教室の生徒4人が応募した放哉展ですが、全員が入選したとのことで、このような通知が届きました。

入選は参加賞のようなものだと思いますが、表装して展示してくださるそうです。

習の文字。昔、羽+自だったそうです。習うとは自ら羽をつけて羽ばたいていくということなのでしょう。

いつの日か自ら羽ばたいていけるかもと希望をもちつつ、コツコツと習字を続けていきたいと思います。

住職の1日

毎日暑いですねー。

住職の今日の1日はこんな感じでした。

朝6時半起床。朝食。7時15分より朝のお勤め。

午前8時過ぎより読書『「教行信証」入門』(石田慶和著)。午前9時過ぎより護持会費納入の案内づくり。合間に送金のため岩井郵便局、ご門徒さんにお願い事の連絡。午後1時前まで作業。

昼休み。ネコのナモがへばってないか確認のため家に帰る。心配無用でナモは元気。昼ごはんは昨日のカレーの残り。

午後2時。封筒を購入するためホームセンターへ。寺に帰って引き続き事務作業。書留でお寺の振替口座の開設の連絡が来る。ご門徒さんより過去帳記載のお願いをいただいて過去帳を預かる。4時前に本堂で短いお勤め。家に帰って明日の法事でお話しすることを考える。5時には終了。そのあと夕飯づくり。

なるほど。こういう日記もいいかもしれません。人は次の日には前日の7割のできごとは忘れてしまうといいますから。

亡きお母さんのスルメをいただく

新しく書き直した過去帳をもってご門徒さん宅へ。私の字を「えらい上手だが」と喜んでくださって恐縮するばかり。「これからはぜひ開いて手を合わせてください」とお伝えしました。

「住職さん、これ持っていって」と手渡されたのは、亡くなったお母さんが生前最後に手掛けたスルメでした。「新聞紙に包むのがお母のやり方で。これが最後の分だけえ、食べて」と。

一瞬胸がつまりました。魚の行商歴50年をこえる亡きお母さんの最後のスルメ、ありがたくちょうだいします。

西法寺農園再び

ひまわりも咲き終わり、西法寺農園は盛夏、完全に草に覆われてしまいました…。写真右の里芋は暑さに負けず。秋に収穫できるといいのですが。

ほったらかしにしていたにもかかわらず、オクラが大きく育っていました。

近々、再び耕して秋まきの作物を育てようと思っているので、今日は草刈りです。

秋植えるのは何がよいのでしょう。オススメあれば教えてください。

居心地が悪い?

朝から自宅での百箇日のお参りがありました。

「お母さんが亡くなってから仏壇の前に座ることが増えましたか?」とお聞きすると、息子さんは「ええ」と。横からすかさず「あんたはそんなことないだが。私は増えました」「仏壇のことはお母さんに頼りきりだったので」。そう奥さんがおっしゃいます。亡き方がこうして導いているのだなあと思います。

「仏壇について教えて欲しい」とのリクエストで、「真ん中が阿弥陀さんです。仏さんの左が、、」と軸に目をやると、親鸞さんと蓮如さんの位置が反対になっていることがわかりました。尋ねられなかったら私も気がつかなかったでしょう。

本来の位置に戻られてよかったよかった。

息子さんは月末から底曳漁に出られます。どうぞお気をつけて!

過去帳を書く

ご門徒さんから過去帳を新調してほしいとのご希望があり、午前中から取り掛かっています。

最初にお名前や法名、亡くなった年齢など確認します。

幼い時に亡くなった方から長寿で亡くなった方、さまざまです。

昭和19年に南方で戦死した方のお名前が。法名には「勇」の文字が使われていました。

ご門徒さんは、過去帳をあまり開いたことがないとのことでしたが、ぜひ開けて手を合わせてくださいとお願いするつもりです。

いのちのつながりとともに、いのちのつながりを断ち切られたご先祖がいたということはぜひ覚えておいて欲しいと思うからです。

字ももっと上手なら開いてみようという気になるかもしれないので、上手くなりたいのですが、こちらはなかなかです…。

スズメバチには悪いけど

網代の道場の軒下にスズメバチが巣を作りました。ご近所には小さなお子さんもいらっしゃるので、駆除することに。

業者さんは防護服を着込んで作業にあたりました。これだけ防護しても刺されることがあるそうです。「蜂のひとさしというのはミツバチだけで、スズメバチは何度も刺してくるから危険です」とのこと。スズメバチは周期的に大発生する年があるそうです。

この数年、岩井のお寺、そして我が家、今度は網代道場とスズメバチにすっかり気に入られてしまったようです。

いずれも鳥取ダスキンさんにきていただきました。同社では創業者の意向で始業前に『般若心経』を読むそうです。ひとしきり仏教談義にもなりました。

午後からは屋根裏に住み着いた動物の駆除の予定があるとのこと。ほんとうにご苦労様です。

植木徹誠さんのこと

8月16日、今年は小さな規模となりましたが、初盆・盆会・戦没者追悼法要を行いました。

戦没者追悼法要は、先々代の13世釋法隆(祖父)が始めたものです。私が小学生の頃、往生しましたがら経緯について話を聞いたことはありませんが、少なくないご門徒を戦地に送り出したことに恥じ入っていたのではないかと想像します。というのも、釋法隆は、お寺の鐘を供出した時のてん末を手書きの書に残していますが、そこには祖父の悔しさがにじんでいたからです。

戦没者追悼法要にあたり、一冊の本を読みました。
『反戦僧侶植木徹誠の不退不転』
真宗大谷派の僧侶である大東仁さんによるものです。

昨年観た『戦争は罪悪である』という映画に植木徹誠さんと思われる人物が登場していました。どんな方だったのか知りたいと思っていたのですが、本の存在を知り、購入した次第です。

植木は、治安維持法で4年間の間、投獄された真宗大谷派の僧侶であり、俳優・植木等さんのお父さんです。

大東さんは平和と平等を求めた徹誠の実践を紹介しています。
治安維持法違反で拘束されていた時の調書なのでしょう。『三重県特高課司法警察官の「意見書」』の中に徹誠の発した言葉が刻まれています。

「人間ハ世界中皆同ジ関係ニアルノヤデ、戦争ヲシテ殺シ合ヒスルト云フ様ナコトハ馬鹿ナコトデ、本当ニ人ガ人ヲ殺スト云フ様ナ事ハムゴタラシイ事ヤ」

「宗教家ガ戦争ヲ弁護スルノハ矛盾シテヰル。宗教家ガ戦争ヲ弁護スルトハ恐入ッタ。元来宗教家ハ戦争ニ反対スベキモノデアル」

大東さんは「いのちは『不殺』であるべきであり、いのちは『平等』である、という浄土真宗の教えを語った」と記しています。

82歳の時、倒れた徹誠は、病床で「等、俺はあの世に行っても親鸞に合わせる顔がない。俺は恥ずかしい、恥ずかしい」と語ったというのです。そして最後の言葉は「ありがとう、ありがとう。おかげで楽しい人生を送らせてもらった」であったそうです。

数は少ないとはいえ、こうした僧侶がいたこともまた、記憶しなければなりません。

地元の郵便局っていいな、と思う

岩井の集落には郵便局があり、ちょくちょく利用する機会があります。というのも、お寺の支払いは、本願寺に納める賦課金その他、郵便振替用紙で送金する機会が非常に多いからです。

うちのお寺はこれまで振替口座を持っていなかったので、この度開設する手続きをしました。お寺も法人ですから、必要書類その他、準備が必要です。窓口の方が親切に教えてくださり、「暑い中何度も来てもらって」と「つぶらなカボス」までいただきました。贈答品として窓口でキャンペーンしている飲料品です。

この間、簡保の不正販売では信頼を失う事態もあったわけですが、郵便局は地域にとってなくてはならない存在です。

歩いて100メートルほどのところにある地元の郵便局、これからも頼りにさせていただきます。

あっ、「つぶらなカボス」、程よい甘みと酸味でおいしかったです!

きょうは県庁へ

坊守です。

きょうは私の「お仕事」関係の話題で。県内ではコロナの感染者がしばらく出ておらず、少しホッとしていますが、先週までのお盆の人の往来で、これから2週間また感染者発生の可能性あり…と、ゲンバはピリリとしています。

そんな医療機関にはいま、感染症との攻防と並行して、不安材料がもう1つのしかかっています。それは、経営への打撃です。

先日、県の病院協会が県知事に要望したことが報道されていましたが、感染症が流行し始めた3~5月の医業利益は約4億円の赤字(前年同期は約4億円の黒字)になるそうです(県内38病院から回答を得た経営調査)。患者さんの受診控えや、急がないでよい手術延期などが主な要因のようです。救急患者さんも、春は大幅に減りました。
 協会は、県知事に対して国の財政支援制度を早く創設することや、国が進める感染症患者を受け入れる病院への緊急包括支援交付金をスピーディーに交付するよう、国に要求してほしいと求めたそうです。

今日、わたしの職場からも県庁に行き、困っている!と、伝えました。県内の全病院に情報を寄せてほしい、と協力依頼し、集まったデータをみると、回答した病院22カ所の8割が「4月の収入は前年同月比を下回った」ことが判明しました。
医療機関の収入は国が決める診療報酬がメインで、そこが抑えられてきましたから、もともとギリギリで運転している場合が多く、そこに今回のコロナで、感染対策費用など、出て行くものばかりが増えています。

県は「病院を潰すわけにはいきません」と発言されたのですが、支援は「国策である」との姿勢。「潰すわけにいかん」の言葉が実効性のあるカタチになることを期待しています。

お寺が地域の社会資源であるように、病院もなくてはならない社会共通資本なのですから、地域を守るために、国には本気で動いていただかないと。コロナ感染は収束したが、気づけば医療機関がバタバタと倒れていた、ということも起きかねません。
それじゃあ、困る。