西法寺通信第26号を作成中

今日は早朝から寺報づくりです。家から寺までは歩いて数十秒。出勤時間がないので効率がいいかもしれません。今号では境内の整備計画について、大枠をみなさんにお知らせします。

昼にネコと私のご飯のために帰った以外は住職部屋に。午後3時過ぎに3/4はできました。あとはパズル作りです。

来週の頭に印刷にまわして、配り始めるのは週末からでしょうか。

お盆参りの際に、「楽しみにしているんですよ」と何人かの方からありがたいおことばが。寺報はご門徒さん向け、ホームページは外向けでおこなっています。この2つをひきつづき大切にしていきます。

今度の日曜は役員会と「歎異抄」(第14、15条)の輪読会もあるので、並行してその準備もしないといけません。4時過ぎまで「歎異抄」を読みました。しかし、私のカラータイマーはもう限界のようです。銀行、夕飯の買い物にもいきたいので、続きはまた明日ということにしましょう。

統一教会の総裁が逮捕される

23日、韓国の統一教会のハン・ハクチャ総裁が逮捕されました。

韓国KBSの報道↓

https://world.kbs.co.kr/service/news_view.htm?lang=j&Seq_Code=91287

ユン・ソンニョル前大統領の妻、そして側近の議員に金品を渡すなどして同協会への便宜を図るように依頼した疑いがもたれています。1億ウォンは日本円で約1000万円。こうした金品の原資は日本の信者からの寄進がふくまれているでしょう。「政治を知らない」とはよくいったものです。

これは宗教迫害などではありません。そもそも、人を不幸にする宗教は、宗教といえません。

被害者救済、そして韓国の特別検察による捜査がどのように進展するのかみていきたいと思います。

2日続けての葬儀

今日は彼岸の中日です。午前中、2件の法事をつとめ、その足で葬儀ですから、ちょっと慌ただしいですね。

朝の法事の際、小学生の女の子に、「今日はなんで休みなの?」と聞いてみましたが、「???」。秋分の日ですね。大人の方達には、「彼岸の反対語はなんですか?」と聞いてみましたが、こちらも「???」。此岸というのです。覚えておいてくださいね。さらに小さなお子さんがお母さんに抱っこされていたので、「拯」(じょう)という「正信偈」にある漢字について説明。興味のある方は調べてみてください。

法事を終えて葬儀会館へ。微笑みを浮かべた遺影はお孫さんと撮った1枚なのだとか。お孫さんたちがまだ幼かったときにとったものと同じ構図だったそうです。成長を喜んでいる表情なのでしょう。

葬儀をおえ、火葬を経て夕方、お寺で法要です。なまんだぶの声が本堂にひびきました。

2日続けての葬儀が無事に終わり、ホッとしています。「人生で最も悲しい瞬間に立ち会うのがあなたの仕事。がんばれ」と送り出してくれた前の職場の先輩の言葉を、いまふと思い出しました。

ご遺骨を前に葬儀をつとめました

日中、県外でご往生された故人さまのご遺骨を前にして葬儀をお勤めし、その後、納骨堂に納骨させていただきました。もとは町内ご出身です。若い頃はスポーツ選手として優秀な成績をおさめ、またご自身で事業をおこし、経営者としてもご活躍されたそうです。姪ごさんや姪孫(てっそん)さんら6名がお参りされました。妹さんのご遺骨も納骨堂でお預かりしていますので、きょうだい並ぶ形で安置しました。「いっしょでよかったが」とお参りされたご門徒さんがおっしゃいました。離れて暮らしていたきょうだいが、「倶会一処」(くえいっしょ)となりました。

帰りがけ、大学院生の姪孫さんが、「写真を撮りましょう」と、女性6名と私で記念撮影です。私からはみなさんに5枚入りの生姜せんべいをプレゼント。県内の方は、「この前、日本海新聞に出てましたよね。懐かしい」と喜んでおられました。

来月の頭に、もう1件、納骨法要が予定されています。4段ある納骨棚は最後の1段を使用しはじめました。来年か、再来年には満杯となりそうです。

2万歩あるいて慶讃法要

きょうは親鸞聖人御誕生850年立教開宗800年慶讃法要がありました。開式は午後2時から。私は設営の責任者にあたっていたので午前9時半には会場に到着。10時過ぎから準備をはじめました。会館の内外をいったりきたり。

要員を担ってくれたご門徒さんの協力で正午前に準備完了。楽しみにしていた「森の香り」さんで昼食です。私は牛すじカレーを。よく煮込まれていて美味しかったです。

するとLINEにご講師さんから、「会場がわかりません」とのSOS。直ちに駅にお迎えに。早めについていただいたのでよかったです。

1時過ぎにはご門徒さんが会場に到着。約250人のお参りでした。西法寺からお参りされたのは40人でした。

大きなご本尊を京都の本願寺から借り受けました。よく見ると印刷ではありません。絵師の筆によるものなのです。

僧侶14人、そしてご門徒さんと称えた声が会場に響き渡りました。

休憩後、ご講師さんの講談と法話です。親鸞聖人の出家、そして法然聖人、お念仏へ教えとの出会いを物語風に。組長さんがあいさつし、親鸞聖人の和讃「恩徳讃」をうたって4時前に終了です。

その後、後片付けをして夕方5時にすべて完了しました。

家に帰って時計を見ると1日の歩数が20,100歩。

で、タイトル「2万歩あるいて慶讃法要」となるわけです。

暑さ寒さも彼岸まで?

午前中、臨終勤行へ。ご主人から思い出話をたくさん聞かせていただきました。「感謝しかない」との言葉、ご往生された奥さんには届いたでしょうか。昼間は明日の準備、通夜でお話しすること、法名の検討です。お経を読んで思案して、「これでいこう」と決めました。夕方は百箇日のお勤めへ。せっかくの機会なので、お仏壇の飾り方についても少し説明も。


明日は、鳥取因幡組の法要です。参拝された西法寺のご門徒さんに進呈する記念品をセットしました。私は法要に出勤もしますが、あとの時間はスタッフです。朝から夕方まで長い1日になりそうです。滅多にない法要です。お参りされたみなさんにとって良い時間になりますよう。
ちょっとした楽しみも。昼食は、ふれあい会館内の「カフェ森の香り」でカレーです。「牛すじか茄子とひき肉のカレー、どちらかを選んでください」とお店から。どっちにしましょうか。法要前なので、ご飯は少なめにします。

22日は午後、本堂での葬儀と納骨、夕方がお通夜。
23日は午前中、法事。午後は葬儀となります。

今日から秋のお彼岸です。境内のお墓にもお参りされる方の姿がありました。彼岸の入りの今日は30度と蒸し暑かったですが、明日は24度予想です。暑さ寒さも彼岸までとなるのでしょうか。

倶(とも)に会う

朝から石材店さんが墓じまいをしたご遺骨を持ってこられました。先日、墓前でお墓じまいのお勤めをしました。お墓から取り出したご先祖さん方のご遺骨です。これからはお寺の納骨堂がお墓になります。ご家族に本日、お預かりしたことを伝えする葉書を書き、投函しました。今月と来月、一件ずつ納骨堂を利用していただく予定があります。

倶会一処(くえいっしょ)と読みます。倶(とも)に一つの処(ところ)で会いましょう。阿弥陀経にあることばです。

納骨を終え、「お菓子とわ」さんにうかがって日曜の法要の参拝記念生姜せんべいを購入。店頭に「心のコンサート」のチラシを置いていただきました。彼岸の法事でお参りしていただくご門徒さんがせんべいを買いにこられたそうです。

あすから雨の日がつづくようです。合間をぬって岩井と周辺集落にチラシを配り歩きたいと思います。

一期一会

お寺のコンサートのチラシを配り始めたところですが、よく来ていただいているSさんに渡したところ、「山名さんに伝えないといけないことがあってね」と。ひと月ほど前、25回忌の法事でお参りされた方の中にSさんの親友がいらっしゃったそうです。普段は大阪の方で生活されているそうですが、その日の夜は、Sさんの家で夜中まで語りあれたのだとか。その時に、西法寺の話題になって、友人の方が、「『お寺で色々イベントをされたりしていて。お寺の通信ももらってきたの。話もよかった』といってたよ」と。Sさんに、「それはありがとうございます。慢心せずつとめます」とお礼を申し上げました。実は法事の日は昼まで市内の盆参りで慌ただしかったので、正直、何をお話ししたのかも思い出せません…。

以下の話は、『くらしの仏教語 豆辞典』を参考に記しています。

「一期一会」という言葉があります。「一期」は生まれてから死ぬまでの一生、「一会」は一つの宗教的なつどいのこと。「一期」も「一会」も仏教の言葉ですが、「一期一会」という成句は仏典には存在しないそうです。

「一期一会」は千利休の弟子・山上宗二の著にある「一期に一度の会」から生まれた言葉です。その言葉を、幕末の大老・井伊直弼が著の中で茶の湯の心として述べています。「一生にたった一度の出会いだから、主人も客も万事に心を配り、実意をもって交わりなさい」

法事でお会いすることが生涯の中で一度の出会いという方がもしかしたあるのかもしれない、だからその時、自分にできることをさせてもらわないといけないな、と。Sさんの話からそんな発見をしたのでした。でも、Sさんのご友人とはまた、なんらかの形でお会いすることもあるようにも思います。その際はお声かけください。

お寺の会費のお願いで

秋彼岸法要を終え、次は21日の法要が節目です。
9月は、町内にお住まいのご門徒さんにお寺の会費のお願いをする月でもあります。世話役さんを通じて納めていただいているのですが、今日はその段取りで、山あいから町中、そして港近くに住む世話役さんのところを回ってきました。農村は稲刈りのシーズン、漁村は底曳漁の真っ最中です。

西法寺は、もともと山あいの銀山集落にあったと伝えられます。豊臣秀吉が銀山開発を進め、最盛期には年間1300キロもの銀を産出したそうです。家屋が800軒、寺院が10もあり、そのうちの1つが西法寺でした。ある御門徒さんが以前、「創建当初の西法寺を、銀山の檀家が支えていたと、歴史好きだった父親から聞いたことがありますで」と教えていただいたことがあります。

海岸部の集落は、漁場を求めて定住するようになった数家族からはじまったというのが縁起のようです。もともと浄土真宗のご門徒さん方で、西法寺の檀家になられたのだとか。

戦乱の世が終わり、農漁業に従事できるようになり、17世紀に人口が急増し、家から亡くなられた方たちをご先祖として大切に敬いたいという気持ちが芽生え、江戸時代の初期にお寺は大きく数を増やしました。

お寺にはそれぞれの歴史があります。以前、戦国武将と同じ苗字をお持ちのご住職さんに、「もしかして関係が?」とうかがったことがあります。すると、その武将にお寺の境内を宿営地として提供したことから、同じ苗字を名乗ることを許されたのだとか。「へえー」という話です。住職さんというのは、話好きなので、歴史秘話が聞けるかもしれませんよ。多少の長話になるのはご愛嬌で。

秋彼岸法要をおつとめしました

こよみの上ではまだ彼岸ではありませんが、西法寺では毎年、9月16日の午前中が秋の彼岸法要です。朝から本当に蒸し暑くなりました。そんな中、お参りいただいて感謝です。

法話のご講師さんは、島根県邑智郡美郷町からお越しいただきました。私は島根県は出雲から西は行ったことがありません。講師さんは同い年でした。お父さんと、うちの前住職も同年齢だったようです。


ご講師さんは、「経教はこれを喩(たと)うるに鏡のごとし」との言葉を引用されました。中国の僧・善導大師が書に記した言葉です。大意は、「経に説かれた仏さま教の教えというのは、私たちの心を映し出す鏡のようなものだ」。「ああそうだよなあ」と私は聞いていたのですが、漢文で書かれた経典からそのように受け取るのは容易ではないとも。それで思い出したことが。ある時、法事の後、お参りされた御門徒さんが、「お経の言葉はよくわからないんですが、あなたを助けますと書いてあると受け取ったらいいですか?」と。なるほどと感心しつつ、「そうですね。そういうことですよね」とお答えしたことがあります。

仏の教えとは、隠されていた心のうち、内面を映し出す鏡であり、あなたがどんな内面を抱えていても、必ず救いますよと照らしてくれる鏡でもあるのでしょう。

「たとえ、どんなあなたでも助けるぞ」と心の底からいってくれる人が身近にいたら、自身を見つめ直し、生きていけるのではないでしょうか。仏さまの教え、救済というのも、そういうことじゃないのか、それだったら現代で苦悩を抱えて生きる人たちにも届くのかな、そういう鏡をもっていれば、内面にも何か違った心が芽生えてくるのでは? などと考えさせられた秋の彼岸法要でした。