ナモの日記(2025年10月)

ナモです。
きのうはお客様のお接待がありましたので、アタイの日記のおとうばんは、きょうになりました。


おいたんはきのうのばんから、おてらにいったりきたりしていそがしそうです。おばたんも、おてらにいったり、クリをむくおしごとをしていました。おおきなクリがあったので、あまくにておくんだそうです。いたずらネコのクウは、クリをひとつぬすんで、つつきまわしてあそびましたが、クリがたくさんあるから、おこられませんでした。おひるごはんでおばたんがやっとイスにすわったので、おおいそぎでおひざにのりました。ねむいので、おめめがあけていられません。

にかいのかべに、ぬのがいちまい、かかりました。おばたんが、おみやげにいただいた、あふりかのぬのなんですって。カンガというなまえで、はしっこに、あふりかのことばがかいてあるの。うちのぬのには、「かみさまをしんじないと、ぜんぶがむだになるよ」と、かいてあるそうです。「とおいくににも、だいじにされているかみさんがあるというのは、ふしぎで、おもしろいね、ナモちゃん」と、おばたんがいいました。

お客さまを迎えて

坊守です。
ようやく涼しくなって、ホッとしています。
わたくしには今週、2025年最大の山場が続いた怒涛の1週間(大袈裟)でした。1日1日をこなして、しめくくりは、遠方からひとり旅をして我が家に泊まりに来てくれた友人と鳥取を巡る1日でした。「鳥取が初めて」で「海なし県の出身」という人にどこをみてもらえばいいか、鳥取観光にはうとい私です。

前夜は、お魚を食べて、岩井温泉につかってもらい、朝は西法寺→網代の千貫松原→城原海岸経由で田後→浦富の荒砂神社前の海岸→ブエナビスタカフェでお昼→鳥取砂丘(雨模様のため馬の背を見るだけ)→喫茶店でコーヒー→砂の美術館というコースでした。
浦富の海岸もブエナビスタも砂の美術館も、お客様のおかげで初めて私も足を運ぶことができました。

でも、なにより良かったのはおしゃべりの時間です。出会いは2008年末から2009年新年にとりくまれた年越し派遣村でした。ボランティアの中心で粘り強く、あたたかく、リーマンショックの余波を受けて仕事も家も無くした非正規労働者をケアしていた彼女です。
ケアに関わる職業の人たちを育成するために、どんな工夫をしているか、私にもヒントになる情報がたくさんありました。

そうそう、お客様が苦手なター坊も姿を見せて、ニャァニャァ話しかけ、スリスリしにいきました。ナモは昨夜から、お客様のお布団の上に待機して驚かせるほどのお接待をしました。

グランドゴルフデビューします

今日はというのか、今日もというのか、早朝からクウちゃんがあちこち走り回り、朝5時前に起こされました。

そのおかげで、朝6時過ぎにはお寺に行っておつとめ、その後、本を読み、9時過ぎから1時間ほど「心のコンサート」のチラシを持ってお隣の宇治集落へ。その途中に岩井のグランドゴルフ場があります。朝からプレイしている方たち。そのなかにご門徒さんも。そういえば一月ほど前、お寺にお見えになった際、よくグランドゴルフで岩井に来るんだとおっしゃっていました。

10/18に仏教壮年会という集まりでグランドゴルフ大会がここであります。私は全く経験がなくはじめての参加です。ビギナーズラックで優勝しちゃおうかな。

さて、宇治の集落へ。あちこちで彼岸花と秋桜が咲いています。

かえりがけとわさんによって生姜せんべいを購入。店主さんのお母さんから、「忙しかったみたいで」と。毎日のブログチェックありがとうございます。

お寺に帰って歩数は6500歩。朝からいい運動になりました。

納骨法要をおつとめ

今日の朝、納骨法要をおつとめしました。納骨堂を申し込まれた施主さんはふだん、上海で生活されています。田舎にある先祖のお墓のことを気にかけておられたそうです。このほど、地元岩井のお墓をしまわれ、祖父母が過ごした同じ地に安置してほしいとのことで、西法寺の納骨堂を利用していただくことになりました。初めて訪ねてこられたとき、私も墓地がどこなのかわからず、地元の親戚の人に教えていただきました。墓地はお寺の近くで、山のきわ。ここにお墓があったということを私はその時、初めて知ったのです。

今日は首都圏に住む弟さんもお越しになりました。祖父母のご遺骨を前に私と3人で納骨法要をおつとめし、その後、納骨堂へ納めました。施主さんは年に2回ほど、日本に帰国されるそうです。上海は都市交通網が整備され、空港へのアクセスもよく、飛行機に乗れば2時間半ほどで大阪に着くとのことでした。そんなに近いんですね。新型コロナへの対応の変化、中国社会のネット事情、国慶節(10月1日〜8日)の帰省・旅行など、興味深いお話も聞かせてもらいました。

遠路ありがとうございました。

私もどこか遠くへ行きたい気分になりました(笑)

悲しい、美しい、愛しい

葬儀が終わりました。長年、姑さんの介護を担ってこられた義娘さんが涙しておられました。これは随筆家・若松英輔さんの本で知ったことですが、昔の日本人は「悲しい」「哀しい」を「美(かな)しい」、「愛(かな)しい」とも読んだそうです。まさにその通りのお姿でした。午後3時過ぎにお寺でのお勤めも終わりました。「坊守さんと食べてください」とお弁当もいただきました。ありがとうございます。

この10日間で3件の葬儀がありました。9月21日の記念法要の翌22日と23日、そして今日です。その間にも西法寺通信の作成、法事、お寺の役員会、岩井集落への「心のコンサート」のチラシ配り、なもなもサロンもありました。明日も朝からお墓じまいと納骨堂への納骨が予定されています。

お寺参りをおえてパソコンの前に座ってこれを記しています。けっこう忙しかったんだなあと。「忙」は「心を亡くす」と書きます。なんでもそうだと思いますが、私の仕事も心を亡くしてはつとまりません。多少忙しくても、私の仕事はゆとりのあるときもありますから、メリハリをつけて10月も過ごしていこうと思います。

衣替えの季節ですが

9月も今日で終わりです。僧侶も明日から衣替えとなります。今日はこれから夏の黒衣でつとめる最後のお通夜となるでしょうか。

故人様は大正生まれのおばあちゃんです。ご主人は20年以上前にご往生されています。息子さんからお父さんの戦争体験を西法寺通信の紙面で語っていただいたこともありました。奥さんは集落でも知らぬ人はいないほど厳しい方だったそうですが、高齢を迎え義娘さんに介護されるようになり、おだやかになられたということでした。

明日から10月。この数日は朝晩すずしくなってきましま。秋冬春の衣体(えたい)にすぐ切り替えるかどうか、朝の天候をみて考えたいと思います。

2か月ぶりになもなもサロン

昼間、網代布教所でなもなもサロンをひらきました。先月は私がコロナ感染したこともあり中止したので2か月ぶりです。

サロンの前に臨終勤行にうかがったからかもしれませんが、「ああ、常ということはないんだなあ。このひとときというのは、2度とない今なのだなあ」などと思いつつ、みなさんの会話を聞いていました。

さまざまな話題がありました。印象的だったのは3つ。一つは、布教のため新宗教の信者の方たちが網代を歩いていたこと、二つは、エビがたくさん荷揚げされて港に活気があったこと、三つは、とてもおめでたい話でした。おそらく今日参加された方たちの口から、集落に伝わっていくのでしょう。

1時間半ほどご飯を食べ、おしゃべりして、笑いあって最後に体操をして終了です。また来月会いましょう。

役員会&歎異抄輪読会

午後、お寺の役員会を開きました。新しく役員を引き受けてくれた50代前半の方も初参加していただきました。現役世代の加入は心強いことです。
会議では、今後の境内の整備計画について、11月末の親鸞聖人のご命日にちなんだ法要、報恩講へのお参りをどう増やすのかなど、提案し意見交換しました。報恩講のお誘いにチラシを作成しようと思っていますが、それとあわせて、「一緒にお参りしましょう」という実際の声かけを今年は頑張ってみようと決意しています。

「歎異抄」輪読会は6人で、第14条、15条を読み、感想をだしあいました。第14条は、「罪を消し去るために懸命に念仏をすれば、罪が消えてお浄土にうまれることができる」という考えを批判します。その前の第13条は、「悪いことを重ねても仏が救ってくださる」、「いいことをしてこそ仏が救ってくださる」という両方を取り上げ、批判しています。読み進めていくと、つくづく人の心の内面に迫ってくる書物だと思います。

「歎異抄」という書物は、「本願を信じて念仏を申さば仏になる」という教えです。同じ親鸞聖人の教えに出会ったもの同士の中に生まれた、そこから外れた異議を唯円は歎き、悲しみつつ取り上げていきます。

このペースだとあと1年はかかるでしょうか。年に数回の輪読会ですが、終了したら、もう一回、最初から読んでいこうかなと思うほど、声に出して読む、感想を交流しあうというのは貴重な時間なのでした。

クウちゃん駆け上がる

古家の梁にクウちゃんが登ることを覚えました。以前、さっそうと駆け上がるナモの姿をうらやましそうにみていたのです。

今日は朝からはりきっていて、私と坊守がみている前でネコ階段を使って上まで。初めて上がったのかどうか、そこはわかりませんが、梁にあがった以降、降りられるルートを確認していたので、梁初心者なのでしょう。

食いしん坊なので、ちゅーるを振り回すと、降りてきました。ただ、ナモのように上手にネコ階段を使わず、途中からドンと飛び降りるので危なっかしい。

その一部始終をター坊はイスに寝ながら眺めていました。ター坊は真似しないし、できないと思われます。

岩美町チャンネルに取材依頼

お盆参りの時、山あいの集落に住むご門徒さんが、「ロサンゼルスに行きたい」とおっしゃいます。大谷選手のファンで、一度、観戦したいと。

今日は、大谷選手が所属するドジャースがナショナルリーグ西地区優勝を決めました。山本由伸投手の好投、大谷選手は今シーズン54本目のホームランを打ちました。メジャーで2年連続50本以上のホームランを打つのはとても難しいこと。歴代で7人しかいません。そのうちの一人が大谷選手です。投手としても今シーズン途中から復帰し、160キロ以上の速球を投げ込み、圧倒しています。大きな資金力があり、抜きん出た選手をたくさん抱える同チームがなかなか優勝を決められなかったのは、中継ぎ、抑え投手の不調というのか、登板過多による不調が大きかったと思います。ここにマイナーから復帰した佐々木朗希投手や今シーズンで引退する200勝投手カーショー投手が加われば、これからのポストシーズン、他の強豪チームともいい試合ができるのではないでしょうか。と、野球に興味のない方には「なんのこと?」という話題でした。

今日も朝から西法寺通信の作成の続きです。坊守がクロスワードパズルを早起きして作ってくれて助かりました。この調子だと、日曜には印刷に回せそうです。朝からの雨が午前10時過ぎにはやみ、役場に行って岩美町チャンネルさんに「心のコンサート」の取材依頼です。担当の方はちょうど番組編集中でした。「AI音声聞いてみます?」と勧められ、ヘッドフォンで聞いてみました。違和感なく、アナウンサーがよんでいるかのよう。進化がすごいですね。

役場から帰ってきて岩井集落に「心のコンサート」のチラシ配りの続きを。気温はそれほど高くありませんが、蒸し暑くて50軒ほど配り歩いてやめました。午後は納骨のお勤めへ。お寺に戻って役員会の準備を少ししてもう夕方です。ネコたちの待つ家に帰りましょう。