にわか勉強しています

今日は曇りのち晴れ。明日から週末までは雨予報。グランドゴルフ大会が予定されている土曜日の午後も今の所雨予報です。もう、大会は中止になるだろうと予想。研修会になった場合の内容を昨日からずっと考えてパワーポイントにまとめました。これではいけないのですが、久しぶりに本をたくさん読み、また広島仏教学院の真宗講座の動画を立て続けに視聴しました。

お盆法要のために準備した戦後80年の話を一つ。
もう一つは、どうしたら教えは伝わるのか。
後者は私自身が念仏者の先輩から学んだことを入り口に。
教えの中身は変わりませんが、どのようにすれば伝わるのかは、本当に大きなテーマですし、また、苦戦していることでもあります。


難しい話になれば、みなさん聞いておれません。何しろグランドゴルフを楽しみにきて、中止になったら法話なのですから。

少しでも、「澍法雨」〜仏さまのお慈悲が草木をうるおす雨のように降り注ぎ、私たちの心をうるおす〜となるように頑張ってみたいと思います。

義援金を送りました

朝、岩井の郵便局から日本赤十字社とユニセフに20,090円ずつ、送金しました。先日の「心のコンサート」でお預かりした募金です。

イスラエルとハマスの停戦合意の第一段階としてハマスが人質を解放、イスラエル側も拘束していたパレスチナ人の釈放をはじめました。停戦に向けた大きな前進です。

ハマスによる攻撃でイスラエルでは1200人が殺害され、イスラエルによる集団虐殺で67,000人ものガザの人びとが命を奪われました。

ガザ地区はがれきの山です。これから行方不明となっている方たちの死亡が確認されることになるのでしょう。痛ましいことです。

同地区の半分以上はイスラエルに占領されています。我が家を失った人たちが大勢いるのです。

ガザ地区への大規模な人道支援の再開が急務です。

そして、一時的ではない平和を、今度こそ願います。

晴れの日も雨の日も

三連休の最終日。朝、納骨のおつとめへ。降ったり止んだりの雨模様でしたが、ご家族、親せきのみなさんが集まった頃には晴れ間がひろがりました。つぎは11月に百箇日のおつとめにうかがう予定です。

18日の土曜、仏教壮年会という集まりでグランドゴルフ大会が予定されています。会場は岩井です。ただ今週は雨予報の日が多いようです。中止の場合は、西法寺で法話を聞いていただくことになっています。しかも1時間も。さすがにアドリブでカバーできる範囲ではありませんので、中止を想定して今日から準備をはじめたところです。

「澍法雨」(じゅほうう)ということばが『無量寿経』にあります。仏さまの私たちを思ってくださるお慈悲が、草木をうるおす雨のように降り注ぎ私たちの心を潤すという意味です。雨が降った場合は、まずその話からはじめる、ということだけは決めました(苦笑)

でも、ほんとは晴れてほしい!

今年も報恩講タオル

昨日のコンサートの余韻を残しつつも、本日は午前中法事が2件と通常に戻りました。
施主さんからみるとお祖父さん、そしてお父さんの法事が今年にあたり、50回忌と33回忌をあわせてお勤めさせていただきました。2件目は、7回忌の法事でした。
いずれのお勤めでも、いっしょに読経される方がいらっしゃいました。浄土真宗で称える経典・お聖教は難解ではありません。じっとしているよりも、声に出すと心地よいのです。

午後は、パソコンの前に座り、会計作業と、11月末の報恩講の記念品の作成です。
昨年、参拝記念のタオルをお参りされたみなさんにお配りしたのですが、思いの外、好評でした。今年も同じようにタオルを差し上げたいと考えていますので、お楽しみに!

第15回心のコンサートを開きました

午後、本堂で「第15回心のコンサート」を開きました。
出演は大須賀ひできさん、玉木孝治さん、拓人さんです。

初めて参加された方、そして2度、3度と参加されている方、あわせて41人が歌を楽しみ、そして一緒に歌い、楽しい2時間を過ごしました。

懐かしのフォークソングをいっしょに歌い、そして、デューク・エイセスの名曲「女ひとり」。冒頭、「京都 大原 三千院」のリズムがなんとも心地いいんです。今回も聴けてよかった!

ことしは戦後80年。谷川俊太郎さんの詩「死んだ男の残したものは」を熱唱した大須賀さん。ベトナム戦争当時に生まれた反戦歌です。
ガザの子どもたちに爆音のない日常を
再び、日本から戦死者を出さないように
そんな思いで聴いていました。


2日連続で大須賀さんの歌を聴く機会に恵まれたことに感謝なのです。

災害被災地、そしてガザの子どもたちを支援する募金があわせて40,180円寄せられました。連休明けに半分ずつを赤十字とユニセフに送金したいと思います。

ケーブルTVの取材をうけました

アンコールで歌った「また逢う日まで」。はい、また来年あいましょう!

午後、吉岡温泉へ

午後、吉岡温泉の教蓮寺さんへ。大須賀ひできさんのお寺をめぐるコンサートの初日です。当地では初開催となります。心配なのでかけつけましたが、たくさんの方が来場されてホッとしました。

フォークの名曲をいっしょに歌い、みなさん大盛り上がり。大須賀さんはデューク・エイセスの名曲「いい湯だな」「おんなひとり」そして平和を願い「ひまわり」を熱唱。「ふるさと」の大合唱でフィナーレです。あっという間の2時間でした。

後ろの席のから「お寺のコンサートええなぁ」「楽しかったー」の声も。「来年もやりましょう」と私からもプッシュ。

大須賀さんは来年、古希を迎えるそうですが、ますますお元気そうです。

あした、よろしくお願いします。

城原(しらわら)海岸線展望台より

晴れ間がひろがった日中、西法寺通信を配って回りました。車は大谷→網代→田後と海岸線を走ります。

網代から田後に向かう道は絶景ポイントがいくつか。なかでも城原海岸展望台は雄大な海がのぞめます。私もしばし車を停めてながめていました。心地よい風が吹いています。観光客の方たちも眺めを楽しんでいました。10月に入って雨ばかりでしたから、今日来られた方は運が良かったですね。

私も歩いて50軒ほど配りました。それ以外に百軒分ほどは地域の世話役さんに配っていただきます。

残るはあと2つの地域です。こちらは明日の午前中に配り歩きたいと思います。

おごそかに、あたたかに

今日は朝から小雨まじりです。朝、昨日の寺院葬のお飾りをはずして通常の本堂の姿に戻しました。施主さんがお花をたくさん飾られ、そのうち一つをお寺用として提供していただきました。土曜の「心のコンサート」まで美しく咲いてくれていることでしょう。

昨日は葬儀会社の若いスタッフが何人かこられていました。先輩職員の方によると寺院葬の経験ないスタッフに勉強を兼ねてきてもらったとのこと。熱心に先輩に質問をする姿が印象的でした。

寺院葬は今年3件目でした。施主さんは、「お寺の葬儀はなんだあよかったで。これからふえるでしょうなあ」と。奥さんは「がんばって野菜作るけえ、またもってあがるけえ」と。よろしくお願いします。

本堂は横に広く、ご本尊を正面にしたおつとめになります。光り輝く阿弥陀様が「我に任せよ、そのまま救う」とのお姿で見つめてくださっています。「おごそかに、あたたかに」が寺院葬の特徴だと思います。

葬儀会社の方が、「寺院葬はいいですね」とおっしゃっていました。また機会があればお世話になることでしょう。みなさんのおかげで無事、終えることができました。新しいみなさんもどうかご奮闘ください。でも馬車馬のように働かなくてもいいですよ。

ノノちゃん、動物病院へ

動物係の坊守です。腎不全のノノ氏、10月の診察日でした。
バスケットに入れられた途端、哀れな鳴き声をあげつづけていましたが、診察室に入ってバスケットをあけると、完全にフリーズ。2か月ぶりの血液検査と、爪切りを固まったまま受けました。
そして、気になるコンディションは…
体重は5.08㎏で、先月の4.48㎏から大幅増加。食べるご飯の量が多いので、病的な変化ではなさそう。貧血は改善して正常値に。腎機能の値は慢性腎臓病のステージ3から4の状態で横ばい。リンを吸着するお薬を始めることにして、現状維持をはかります。
脱水の気配もないので、2日に1回していた皮下点滴は、週に2回で様子をみることになりました。
7月に退院した際は、いつどうなってもおかしくないと主治医はみておられたそうです。いまの様子が維持できたら、温かい部屋で皆と冬を過ごせるでしょう、と言っていただけました。
おもしろかったのは、帰宅してからのノノの様子です。バスケットからピョコタンと、飛び出し、いつもの場所で足を投げ出して伏せました。そして、ご褒美の美味しいものをもらったあとは、ニンゲンのかたわらまで来て、コロリンコ。上機嫌です。保護してからこの姿を見るのは、わずか2度目です。恐怖の時間(病院では優しくしてもらっていますが)をくぐり抜け、自由だ〜!と、叫んでいることが、言葉にならない言葉で伝わってきました。

ターミナルの見立てがひっくり返ることはありませんが、今に感謝して、1日1日を大切に過ごしましょう。

寺院葬儀となりました

今日、明日は寺院葬儀となりました。2日前、お世話になっている御門徒さんからお父さんがご往生されたとの電話がありました。数ヶ月前に、「もしものときはお寺で葬儀をお願いしたい」との話をいただいておりました。

夜9時過ぎ、病院からお寺に直接、搬送していただき、お仏壇のある部屋にお迎えしました。「なんだか呆気なくて」と施主さん。次の日の朝、臨終勤行をおつとめし、今日の夕方がお通夜、明日が葬儀となります。

故人さまは長年、専業の農家としてコメ、タバコ、椎茸など栽培されていたそうです。施主さんが子どもの頃、ウチの先先代の住職が、よく家に野菜をもらいにきていたのだとか。もう半世紀以上昔のことです。そのころのお寺は、幼い私の目から見てもボロボロでした。本堂にはコウモリの姿もあったりして、ちょっとしたお化け屋敷のようだったのです。

平成17年に故人様はじめ多くの御門徒のみなさまの大変な尽力で、本堂は修復され、今に至ります。

この春に寺院葬説明会を開き、その後、本堂での葬儀は3件目となります。本堂の阿弥陀さまは、「我に任せよ、そのまま救う」と働きかけてくださいます。そのお慈悲を感じつつおつとめさせていただくことほどありがたいことはありません。施主さんご家族に感謝申し上げます。