ことしは黄色

坊守です。連休で心の余裕ができるせいか、座って本を読み始めて、うたた寝していました。丸ストーブとホットカーペットをつけると、猫もニンゲンも同じように、うつらうつら。

昨夜は、ようやくこの冬の柚子胡椒をつくりました。中庭に柚子があるので、恒例の手仕事です。
夏過ぎたころに青い実の時に青い唐辛子を加えて作る場合もあるし、冬に熟した実と赤い唐辛子で作る場合もあります。今年は黄色。

それにしても今年はたくさん実がつきました。何度かの雪で枝が折れ、住職が大急ぎで収穫して買い物カゴいっぱい。

量が多いので初めて電動のチョッパーを活用することに。10個ぶんの皮を剥いて塩とともに投入。こまかくなったところに一味唐辛子を加えて、数分で出来上がりました。
今までは包丁で刻んで、すり鉢で擦ってと手間ヒマかかる作業でしたが、機械を使うと大量にできました。

鍋物やおうどん、餃子などに、爽やかでピリッとした薬味として、便利です。お裾分けを欲しい人は何人も居るので、今夜も、もう少し作ろうかな。「わたしも試したい」という方は、お声かけください。ナンボでも作れそうです。

ところで、基本ケージ生活を送り、1日に何回かリハビリのため外にでているター坊は、いたって陽気に過ごしています。

公演「親鸞と恵信尼さま」のご案内

親鸞聖人御誕生850年立教開宗800年記念
前進座特別公演「花こぶし 親鸞と恵信尼さま」が各地で公演中です。

「1921年西本願寺で発見された、親鸞の妻恵信尼が末娘覚信尼に宛てて送った文「恵信尼消息」を頼りに、浄土真宗の宗祖親鸞聖人と、公には日本で初めて「僧侶」の妻となった恵信尼、夫婦二人の波乱万丈の生涯を描きます」


鳥取公演は7月22日が予定されています。


ご門徒さんに声をかけて、多くの方と一緒に公演を楽しみたいと思っています。

みなさんのお住まいの地域で公演がありましたら、ぜひ、足を運んでください!

脱炭素社会に向けたワークショップに参加する

坊守です。


世間の三連休の1日め、珍しく私もお休みでした。午後から岩美町の脱炭素社会に向けたワークショップがありましたので、参加しました。
今回は、気候危機に関する勉強パートは無し。鳥取環境大学の甲田先生と、留学生の黄さんのガイドで、岩美町での脱炭素の具体化を考える話し合いの時間でした。


知らない人たちばかりで少し気が重いなぁとも思っていたのですが、住職が入れてもらっているまちづくりの会の人たちが多くて、私の方は存じ上げないけれど、先方はご存知、という感じで声をかけていただき、あっという間に3時間経ちました。


2050年の岩美町、をイメージして、そのことが実現するために何が必要か?が最後の討論テーマでした。私の班は、「2050年といわず、100年先も持続可能な岩美町」に目標設定してそれが必要な要素は「人、自然、産業、そして人と人とのネットワーク」、そのために必要な行動は?といった具合にまとめていきました。

個人的には、岩美町のことをよく知る先輩たちから、町には城が三つもあったことや、景色が良いのでお気に入りの場所など、地元のことを学べる場であったのが収穫でした。

若い世代と参加そのものの少なさが気になりつつ。あちこちの地域での経験に学びながら、脱炭素を少しでも多くの町民の関心ごとにしたいなあと思います。

2月の宿題

夕方、お通夜のおつとめでした。大正生まれ。親にかわってお孫さんを育て、そのお孫さんが施主をつとめられました。ご往生された方のひ孫にあたるお子さんが、元気にはしゃいでいました。100年近い年齢差です。

大正生まれの方の人生は戦争によって大きく左右されました。22世紀まで生きていくであろう小さな人たちに、私たちはどんな社会を手渡していけるのでしょうか。

さて、2月は宿題をひとつ考えつつ過ごしています。

「月刊住職」のアンケートです。

この世に宗教はなぜあるのか

この世に寺院はなぜあるのか

などなど。

教科書的な答えはもちろんあると思います。ですが、この問いそのものをいつも自分に問うていかないといけないとハッとさせられました。

期限は3月1日。

よくよく考えてみたいと思います。

ところで、ブギウギをみていたら、「天国」というセリフが。1948年に、すでに天国は普通に使われていたのでしょうか?

コウノトリを見た(い)

午前中、町内の池谷集落へ用事のため行きました。岩井から車で15分ほどのところです。集落までの道の両側には田んぼが広がります。

少し遅れてきたSさんが興奮気味に、「コウノトリを見た!」と。場所は岩常(いわつね)。コメ農家Yさんの田んぼと道を挟んだ反対側の田んぼにいたそうです。

写真はこちら。

私は実際に見たことがありません。帰りがけにまわりの田んぼを見渡しましたが、残念ながら会えませんでした。

脚には識別のための輪がまいてあります。個体検索もできます。

コウノトリ個体検索

あなたはどこから飛んできてくれたのかな?

コメ農家Yさんによると、「多い時には一度に14羽きたことがありますで」

飛んでいる姿はさぞ優雅なのでしょうね。

コウノトリを見たい!

お茶の販売促進をする

朝からの事務作業をひと段落して買い物のためいつものスーパーへ。「今日も鍋だなー」と品物を見てまわりつつ、同時に知った方がいないかのチェックです。

するとお茶売り場のところによく知るご門徒さんが。

「何を買われるんですか?」

「これが好きなんだけど、最近、高くなってー。お父さんはなんでもいいだけど、私はちょっと高くても美味しいのが飲みたいだが」

そのお茶のパッケージを見ると、先日、お寺の通信に出ていただいたご門徒さんが長年つとめた会社の健康茶でした。そのこともお知らせして、「私もこのあいだはじめて飲んだんですよ。ちょっと高いけど身体によさそうな味がしました」とPR。「あっ、同じ会社の別のお茶がありますよ。値段もこっちが手頃」「じゃあ、こっちのを買ってみるわ」。

私の販売促進もなかなかのものかもと思いつつ、昼に家に帰って健康茶で一服するのでした。

お茶は遣唐使や留学僧が日本に伝えたといわれます。寒い一日、みなさんも一息ついてください。

ター坊の通院日誌⑧

午前中はター坊をつれて鳥大の動物医療センターへ。今日もワンちゃんたちがいっぱい。聞き慣れぬ鳴き声にター坊はじーっとしていました。

骨折した部分はずいぶん骨が形成され、順調に回復しているようです。そして、ケージからだして様子をみようということに。来月またレントゲンを撮って、問題なければビスを抜くことになると思います。

左が今日、右が2カ月前

ただ、ずっとだしておくと、この間自由を謳歌しているオンじいさんを追っかけ回したりしかねないので、わたしと坊守の目が届く範囲でケージから出すようにしたいと思います。

体重が先月より100g増えて6キロになっていました。伸びたツメも切っていただきました。

家に戻ってカリカリを食べ、爪を研ぎ、身体をなめまわして、やれやれという感じです。

ター坊、ひとまずよかった!

義援金を送りました

本堂の募金箱によせられた能登半島地震義援金、そしてお賽銭あわせて2万円を日本赤十字社に送金しました。

昨日、「月刊住職」2月号が届きました。巻頭は能登半島地震です。

本堂の耐震工事をほどこし、完成したばかりであったのに、崩れ落ちてしまったというお寺さんの話、火事が広がり全焼した自坊をみつめ、茫然自失したという話…。

わかっているだけで1500余もの寺院が被災したとのこと。石川県は浄土真宗の盛んな地域ですが、真宗大谷派の寺院が823もあるそうです。深刻な被害、そしてきびしい避難生活を送っておられる皆さんのことを思うと胸が詰まります。

お寺としても引き続き募金などよびかけていきたいと思います。

ナモの日記(2024年2月)

ナモです。

ゆきのひがすくないですが、ふゆなので、ぬくいところにいることにしています。
おこたのふとんのうえとか、たーちゃんがねんねしているけーじの毛布のうえもフワフワでいいけど、ぬくいのは、おうちのてんじょうにちかいところです。


「ナモは?」と、おいたんがさがしているところをうえからだまってみているのもおもしろいの。

はりのうえのアタイに気がついたおいたんやおばたんは、だいたい「あーあ」といいます。そいで、あたいが歩きまわると「ナモちゃん、おりてきなさーい」と、よびます。それでもアタイはだまってしたをのぞいています。


そうして、しばらくしたら、「おおーい、ちゅーるだよー」と、よびかたがかわります。おいしいものはたべたいので、ねこの階段のところまでおおいそぎでおりて、ちゅーるをよばれます。きのうのばんは、たべおわってからまたはりにかけあがったので、また「あーあ!」と、いわれました。たーちゃんがくつばこから落ちてから、アタイまでしんぱいされるみたいです。アタイとたーちゃんはちがうのにね。

アタイのほかは、だれもあがれませんから、きぶんがいいです。

私たちの命を救ってくれてありがとう

報道各社のインターネットサイトに、珠洲市での原発建設計画を凍結に追い込んだ住民運動のリーダーとして活躍した真宗大谷派僧侶・塚本真如さんのことが大きく報じられています。

https://mainichi.jp/articles/20240201/k00/00m/040/390000c

https://www.tokyo-np.co.jp/article/304462

1975年に珠洲市議会が原発誘致を決議、能登半島北端に原発建設計画が持ち上がるものの、住民の強い反対で誘致が進まず、2003年に計画は凍結されました。その反対運動の中心にいたのが、真宗大谷派僧侶の塚本真如さんでした。

「絶対に推進派の個人攻撃だけはするな」と塚本さんは常に口にされていたそうです。

「住民らは念仏を唱えて道路に座り込んだ」(「東京新聞」)

現在、塚本さんのもとには、「私たちの命を救ってくれてありがとう」との電話が寄せられているそうです。