「女らしさ手当」って

『無量寿経」というお経があります。

浄土真宗では、最も大切なお経という位置付けです。

のちに阿弥陀如来となる法蔵菩薩が、48の願を立てるところが、一つのハイライトです。

有名なのは18願=「仏の救いを信じ、念仏すれば仏にする」ですが、他にも興味深い願が誓われています。

第38願では、「衣服が欲しいと思えば、仏の心にかなった尊い衣服を自ずから身に付けることができるでしょう。そうならなければ私は仏になりません」という誓いがうたわれます。

衣服を得ることをはじめとして、生きるためにあくせくしている状況に終止符を打って、心配しなくても願が満たされる、そういう世界が浄土であるということになるのでしょう。

なぜこんなことをあげたのかというと、

メキシコ市が公立小学校の制服をスカートでもスラックスでもどちらでも構わないようにした、というニュースに

また、ロシアのある企業が、女性がスカートを履き、化粧をして出勤したら「女らしさ手当」を出すというニュースにふれたからです。

着るものには、確かに困ることはなくなっている社会なのかもしれませんが、服装を選べない、女性はスカートということがなんとなく強制されるような雰囲気がまだまだあるなあと思います。

メキシコのニュースに感心し、ロシアのニュースにはどうなのかなあと思った次第です。

梅雨入り間近

各地で梅雨入りの報がきかれるようになりました。

ひと雨降る前には、ゲコゲコと、ゆかいな両生類の声がどこからともなく響いてきます。

本堂の濡れ縁あたりにはアマガエルが、

そして、我が家の手水鉢には、トノサマガエルが棲み付いています。

お釈迦様は鹿相手に説法されたといわれます。

私もカエル相手に説法したらナンマンダブと鳴いてくれる?

わけないですね。

サザエは20円

草刈りとひまわりに水をあげるため網代の布教所へ。

ひまわりはぐんぐん育っていて一安心。

しかし、庭の草もぐんぐん育っていました、、、。

近所を歩いていると、ご主人が漁に出ている門徒の奥さんがいらっしゃったのでごあいさつ。

今の時期はサザエ、アワビ、岩牡蠣がとれるとのこと。どこでとれるものが美味しいのかも教えていただきました。

いまが旬のサザエ、浜値は20円ほどにしかならず、数がとれないと厳しい漁であるということです。意外でした。

「お金を稼ぐのは難しいわー」と実感こもったひとこと。

日々の暮らしを送りながら、お寺を支えてくださっている方たちがいらっしゃいます。

気持ちを込めてつとめなければ。

ちなみに、日本の食用魚介類の自給率は1964年度の113%をピークに現在は約56%にまで落ちているそうです。主な要因は、国内生産量の減少です。従事者が減っていることも大きいのでしょう。地域を支える漁業関係者の方たちをもっと真剣にサポートする仕組みづくりが必要な時期なのではと思います。

ユリが咲きました

きょうも畑のニュースです。

ユリが初めて咲きました!

うちの本堂の仏華にはだいたい入っていて、身近な花ですが、育ててみると、手間がかかりました。

ユリを専門に食べる虫がいて(知らなかった)どこからかやってきて、ユリの成長とともに派手に食べ散らかしてくれるようになりました。

幼虫も成虫もカラダは派手なオレンジ色。見つければ取り払うのですが、幼虫は自分の糞を背負って過ごす不思議な生態があるので、遠目には彼らの存在が分かりにくいのです。

そういえば、仏教の初期の時代、僧侶がまとった衣も糞掃衣(ふんぞうえ)といったそうですね。

さて、第1号は咲いてくれましたが、無事に咲きそうなのは、植えたうちの6割、5割…というところです。

ちなみに、ユリを偏食する虫は、【ユリクビナガハムシ】というお名前です。

目には見えないけれど

実家から小さな苗で貰ってあったヤグルマソウが咲きました。

乾物やミカンなど、色んなモノが入った段ボールの隅に入っていた小さな苗が、冬が終わり気温が上がると大きくなり始め、畑に移植すると、またいちだんと育っていきました。

お日様の光のエネルギーや、畑の土の養分、目には見えないものが色んな形で開花を助けたことに、私のいまがあるのも、同じことなんだなぁと、珍しく真面目に思うのでした。(坊守)

凡夫とは

日曜日の法事で、浄土真宗でよく言われる「凡夫」について、以下のようなお話をしました。

①自分にとって都合のいい人にはいつまでもいて欲しいと思う心
②自分にとって邪魔な人に対して腹を立ててしまう心
③自分にとって都合がいいか、悪いかで判断する心

そうした心から離れられない私のことを凡夫といい、悲しむべき自分を見つめることが大切ではないか。

そんな私のことをお見通しで、「必ず救う、我に任せよ」と働き続けているのが阿弥陀如来の慈悲の心であると親鸞聖人は受け取っています。

そこには、悲しむべき自分を見つめつつ、慈悲に照らされた新しい生き方があると思います。

「どうせ凡夫だから」と開き直るのではなく、
人と人との関係から、平和、人権、環境問題への関わり方などなど、
山積する問題にどのように向き合っていくのか、
時代を切り開いていく凡夫としての生き方が問われているように思うのです。

尾崎翠のコーナーを作りました

ささやかですが、尾崎翠の本コーナーをつくりました。

翠は西法寺で生まれた明治の作家です(宮沢賢治と同い年)。10代で詩や物語を書きはじめ、東京の日本女子大に入学しましたが、小説が雑誌に載ったことで大学を追われてしまいました。当時の女性がその人らしく生きるには、いまでは考えられないハードルがたくさんあったのですね。いや、いまだって「女はつらいよ」と、言いたいコトはたくさんありますが。

結局、身体をこわして鳥取に戻ってから、創作をやめたので、作品はそんなに多く残しませんでした。亡くなってから注目されて、本や評論が出ています。

今回つくった本棚には、そうしたものを並べました。
澄んだ文章、独特の世界観、うまく言葉ではあらわせませんが、あの人が?と思うようなファンもおられます。

コーナーは、玄関をあがってすぐの集会室にありますので、のぞいてみてください。


ただいま練習中

仕事がお休みだった今朝は、本堂のお花を前坊守と一緒に立てました。

仏前に供えるお花のことを仏華といい、浄土真宗の仏華は仏様の慈悲の心をあらわしているそうです。

マンション暮らしが長かった身、いけばな経験ゼロ(あったとしても、お寺の本堂の仏前に花をお供えすることは通常、ありませんね)。

花屋さんへの買い出しからついて行き、何を買うかチェック。本堂裏の作業スペースで、白い菊を何本入れて、どんな形にするか…写真に記録しました。

ふだんは「何故そうするか?そうなるか?」と自分のアタマに入れるためにも理屈を聞きますが、今回は、カタチを覚えることに専念しました。(坊守)

旧道か新道か

会議で北栄町へ行ってきました。

こちらにきて自動車運転を始めた私にとっては、最長の西行きです。通勤で毎日往復40キロ走っていますが、土地勘もないので、会議よりも運転が気になっていました。

「開通した道路が早いよ」と、職場のみんなが言いましたが、海を見ながら走りたくて、ひたすら旧道沿いに。

復路は早く我が家に帰りたくて、新しい道を選んだところ、本当に早い!

時間短縮か、海の景色か…次に西行きの機会があったら、かなりルート選択を悩むと思います。早さばかり求める世の中では残念なのですが(坊守)

「絆」に思うこと

東日本大震災ののち、ある評論家の方が、こんなことを書かれていました。

絆とは、家畜をつなぎとめるための手綱がそもそもの意味である。

中国の漢字にはなく、中国の漢字を当てるのならば、伴である。

それを知って、半分(半人前)の人の横になって支えること、それを本来、「きずな」というのかなと思ったものです。

最近、トランプ米大統領と「絆」を深めたと言って喜んでいる安倍首相の姿をニュースで目にしました。

1機100億円以上もする戦闘機を100機以上購入することで深まる「絆」ってなんなのでしょうか?

あっ、もしかして、これは、文字通りの意味ではないかと。
安倍さんが、どんな真意で絆を使っているのかは存じあげませんが。

ところでいま、本願寺派は、「絆からご縁へ」と言っています。

ご縁というのは、つながりであり、相手との共生・協力をいうのだと思います。

そこには上下関係も、媚びへつらいもありません。

そっちの方がいいなと私は思っています。