被災地の報恩講記事にふれて

業界紙というのでしょうか。本願寺新報社が発行している「本願寺新聞」に、震災から8年9カ月を経て、福島県富岡町のお寺で報恩講を営んだという記事が掲載されていました。

みなさん嬉しかったでしょう。しかし、今後のことを考えると不安が付きまとっていることと思います。

中央仏教学院の同級生に避難地域からきた方がいました。地震・津波被害は免れたものの、立入禁止区域となり、その後、漏電により本堂は焼失したそうです。

記事を読んで、「原発なんていらないですよ」と怒りを込めて話していた級友の姿を思い出しています。

猫の泉の不思議なハナシ

網代に届け物ででかけました。きょうは強い風が吹きつけています。

海岸を眺めると、岩場の波打ち際に波の花が舞っていました。海中にただよう植物性プランクトンの粘液が冬の荒波にもまれて、白い泡となったのが波の花です。黄色になっていたので、できてから時間が経っているのかもしれません。

猫の泉にもいってみると、私と同世代の方が仕事から帰ってきたところで立ち話。3匹のいずれも野良の母猫から11匹の子どもが生まれたそう。そのうち1匹の母猫は、前日、別の母猫が出産した家の前に、子猫を置いていったらしいのです。「『ここならなんとかなる』と母猫が思ったのでは?」。そして、その翌日、玄関先に、折った花が置いてあったのだとか。

「猫がお礼を置いていったんじゃないかって言われるんですよ」

まさか???

昼食はいつものなだばたさん。今日が年内最後の営業とのことでした。

今年は本当にお世話になりました。なだばたのお姉さん方、よいお年を。

はじめての星空舞

冬場は夜空を見上げても曇に覆われる鳥取ですが、晴れた日には輝く夜空を見上げることができます。

町内の岩常でお米の専業農家をされている方と顔馴染みになり、はじめてお米を買いました。

その名も星空舞です。

農家さんによると、「冷めても美味しいから、おにぎりにしてみて」とのことです。

10キロ3000円。直接買うにしてもあまりに安いので恐縮したのですが、「大丈夫です」とのことでお言葉に甘えることに。

ご飯のことをシャリといいますが、お釈迦様が亡くなり火葬した後に遺った遺骨(仏舎利)が米粒に似ていたことから、そういわれるようになったそうです。

仏さんも、主食であるお米も尊い。作ってくださる方ももちろん。

ありがたくいただかなければ。

愛別離苦

葬儀が終わり、ご家族のみなさんが帰っていかれました。

お釈迦様は臨終にあたって、25年もの間、共に過ごしたアナン尊者が涙にくれる姿にふれ、「嘆くな、悲しむな。すべて愛するものから離れなければならないと、私はいつも説いてきたではないか」と諭したという話が伝えられています。それでもアナンは深い悲しみに沈んでいくのですが、仲間の励ましも受け、後世の私たちに、お釈迦様から聞いた教えを伝えてくださったのです。

お釈迦様とお弟子さんたちのエピソードは数々ありますが、この話は大変胸を打ちます。

悲しみを抱えつつも、亡き人に感謝し、いただいたものを糧にする。そのようにして人は生きていくのだなぁ、と本日も感じさせられるのでした。

2週続いてお通夜でした

先週につづいてお通夜です。

その席で、樹木希林さんが遺された言葉を少し紹介しました。

「死というものを日常にしてあげたいなと。子供たちに、孫たちに。そうすれば怖くなくなる、そうすれば人を大事にする」

病気を公表し、死と向き合いつつ輝いて生きぬいた樹木希林さんだからこそ、その言葉に耳を傾けたいとたくさんの方が思われたのでしょう。この本は70万部も売れたそうですから。

「拝まないとバチがあたるなんて裏口入学みたいなかけ引きするわけないもの。光は生を受けたもの全部に当たるんで、ただ受けとるこっち側が、スモッグがかかっているか晴れているかによってその光は、くすぶったり、輝いたりするんだと思うのよね」

神仏の捉え方にもハッとさせられます。

一つとしてわがものではない

きのうのニュースで、アマゾンジャパンが17、18年度分あわせて300億円の法人税を日本に納付したことを知りました。課税逃れが世界で批判されていました。方針を転換したということでしょうか。

そんなニュースに触れつつ、とある仏教本を読んでいたらこんな下りが。

努め励んで得た富は、自分ひとりのものと考えて自分ひとりのために費やしてはならない。その幾分かは他人のためにこれを分かち、その幾分かはたくわえて不時の用にそなえ、また国家のため、社会のため、教えのために用いられることを喜ばなければならない。

一つとして「わがもの」というものはない。すべてはみな、ただ因縁によって、自分にきたものであり、しばらく預かっているだけのことである。

初期仏教の経典『六方礼経』に、こんなことが書かれているそうです。

もしかして、アマゾンの幹部の方も読んだ? そんなわけないか。

田後の風景

岩美町に帰ってきて1年と数ヶ月。田後(たじり)地域の墓地から海を眺める機会が増えました。

きょうは午前中、納骨がありました。先祖累代の墓地に納骨されたのは元漁師さん。何度、この港から出港されたことでしょうか。

その息子さんは漁師さん。いまカニ漁のシーズンですから、きょうはご不在でした。さらに、その息子さんは魚屋さんをされているそうです。

納骨を済ませると、ちょうど一隻の漁船が入港するところでした。

獲ってくださる方、それをさばいてくださる方がいて、私たちは消費できる。当たり前のことですが、その当たり前のことを忘れて暮らしてきたのだなあと気付かされる日々でもありました。

アップルパイの午後 朗読と音楽 奏で

本日、岩美町まちづくりの会のイベントが本堂でありました。

尾崎翠さんの作品の朗読があり、生家である西法寺を会場に毎年、開催されています。ことしで9回目です。

ハーモニカ演奏、民話の読み聞かせ、金子みすゞさんの作品の朗読とフルート演奏、そして尾崎翠の作品からの朗読とつづきました。

ゆったりとした空気につつまれた時間でした。

尾崎翠さんの朗読は、「アップルパイの午後」。兄と妹、そしてアップルパイをもって登場する友人のやりとりを描く戯曲です。

かかれたのは昭和4年。時代の重苦しさが全くない、ストレートな会話の応酬。おもしろかったです。ちゃんと読んでみようかな。

猫の手も借りたい?

ナモちゃんはペンが気になるようです

西法寺通信第3号の校正をナモちゃんが手伝って(ジャマして?)くれました。

年の瀬に申し訳ないですが、業者さんに印刷してもらって、除夜の鐘・元旦会(がんたんえ)、2日の修正会(しゅしょうえ)から配布します。

来年はねずみ年です。日本には猫年はありませんが、タイやベトナムには猫年があるそうです。

知らなかったにゃー。

ことし最後の

年の瀬となって、枕に「ことし最後の」がつくようになってきました。

ことし最後の習字教室がありました。引き続き課題は「般若心経」です。

筆を握る機会が増えた今年、上達は程遠いとしても、この時間はたいへん貴重でした。

基本的な筆の運び方も身に付けていなかった私にとって、石原先生の筆づかいをみているだけでも勉強になります。

教室が終わってから、70代、80代の方たちとおしゃべりするのもいいものです。私はいちばんの若輩です。

最近、参加する方が減っていてもったいない。

岩美町網代のコミュニティーセンターで月2回、参加費用は1回あたり750円です。問い合わせは、0857-72-3564まで。

町内・地域のみなさん、ぜひ。