苦の現場で縁を結ぶ

まだ年始のあいさつまわりは終わっていませんが、きょうは休憩です。少し古い本ですが、『ルポ仏教、貧困・自殺に挑む』を読んでいます。発売は東日本大震災の1カ月前。

ホームレス支援の炊き出し、「あなたのお話 お聴きします」と紙を張り出し、相談に乗る活動、行政と連携して自殺防止のネットワークづくり…。「苦の現場」で、いのちに寄り添う僧侶の方々の姿に胸を打たれました。

お釈迦様はおっしゃいます。「全世界に対して無量の慈しみの意(こころ)を起すべし」

刺激を受ける一冊です。

湖山池にて

本日は鳥取市内の年頭のあいさつまわりです。もう平日ですから、ご不在の家も多いのは仕方がないことですが、まだ休みの子どもさんが出てきてくれるところもあります。冬休みはあっという間です。

運転の休息を湖山池畔でとりました。湖山池は砂丘の発達により形成された潟湖です。なんでも、池としては日本最大の面積とか。鴨たちが水面に浮かぶのどかな風景です。

さて、昨今のニュースでは、アメリカのトランプ政権によるイラン攻撃が心配です。全米では反戦デモが各地で行われたと朝のBSニュースで見ました。

イランと戦争するな!

1月の西法寺の掲示板

「お寺の掲示板」が、さいきん話題になっていますね。ハッとさせられるひとことがあったり、何回咀嚼しても分からない言葉があったり…日常と違う次元でものごとを捉え、気づかせてくれる掲示板、昔から好きです。

西法寺にも門徒さんが設置して下さった掲示板があり、昨年まで他の教区で作られているものを使っていたのですが「今年からはオリジナルでいこう」となりました。


で…「1月分を書いてください」と住職が投げてきたので、太い筆を出して挑戦。アメリカの女性作家の言葉です。

1年というスパンで自らに問いを投げ、あるいは答えを見つける作業は、深い内容であることでしょう。

すぐに貼り出したいところですが、いま冷たい雨が降っているので、明日から掲示板に掲げます。

引き続きあいさつまわりに

本日は午前中に網代、大谷、田後とまわり、午後は浦富を回って4時過ぎに終了しました。

雪がないのはいいのですが、強風と小雨まじりの天候。そのなかを網代、田後では地域のご門徒さんがいっしょに歩いてくださいました。

網代では、地域のお寺さんも年頭のあいさつまわりをされていました。

年末にケガをされた方があり、心配でしたが、お元気そうなようすでひと安心。

「新しいことをはじめられているようですね」

「嵐を呼んでますね」など、ブログを読んでいただいているとしか思えない反応も。

田後港のようすです

古くから大事にしてきたことと、新しいことを織り交ぜつつ、今年もできることをやる、できないことはできる人を巻き込んでやる、という気持ちでのぞみたいと思います。

プチプチのトンネルからごあいさつ

年頭のあいさつまわり

きょうからご門徒さん宅に年頭のあいさつまわりです。

銀山と長谷は町内でも中山間地域。農村の風景が広がります。

田んぼや畑をもっている方が多いので、話題は農業にとっての害獣・イノシシ、シカ被害。近年はシカが柵を飛び越えて侵入し、農作物を食べる被害が増えているそうです。イノシシが増えすぎて食べるものが乏しく、ミミズをとるために土をあちこち掘り返す被害も多発しているとか。害獣を捕獲して町役場に持っていくと駆除代が支払われますが、処分は自己でしなければならないそうです。動物との共生がたやすくないことを教えられました。

「お供えに」とおもちや干し柿をいただいたりできるのもこの地域ならではです。

限られた時間ですが、中山間地域から漁村、鳥取市内とめぐりつつ、さまざまな話を聞くことができる機会です。大事にしたいと思います。

網代、田後で修正会

新しい試みとしてことしから修正会をはじめました。修正会は、1月の法要のことです。

午前中は網代道場で、午後は田後の薬師堂でおこないました。

あわせて20人の方がお参りでした。

お勤めのあとはお茶の時間。地域の歴史からおいしい干物の作り方まで楽しく語りあったのでした。「こういう時間をもっと増やしてくれたら」との声もあったので、そうなるようにしていきたいと思います。

お寺を居場所に!

あけまして

あけましておめでとうございます。「ブログ書いてね」との依頼なので、2020年元旦は、坊守の登板です。

2020年なんて、先のことだと思っていましたが、あっという間でした。

「毎日が飛ぶように過ぎる、って言いますけど、歳をとるほどそれはひどくなっちゃって、月日は束になってとんでっちゃうのよ」と、子どもの頃に観に行った音楽劇のおばさまの言葉を今更、実感とともに噛み締めています。子どもに対してそんな話をしたおばさまは、黒柳徹子という方でした。徹子さん、すごいや。

さて、大晦日の昨夜は、除夜の鐘と修正会(元旦会)を、とりおこないました。

23時半からの鐘つきの出足はパラパラで、家族だけで108回つくのか?!と思いましたが、やがて続々と…。回数カウントは、姪っ子が担当。108個の小豆をうつしかえながら重要任務を果たしましたが、結局、108回以降もお参りの方があれば、鐘をつくのでした。


零時からは修正会を実施。正信偈をあげたのち、住職がミニ法話をしました。ことし初めてのとりくみですが、ゆく年くる年の境目がはっきりして、良いなぁ、と思いました。

さあ、これから366日間、なにが待っているでしょうか? 私じしんは、ちょっとくらいの困難は、笑ってやっつける余裕がほしいところですが、それが無理でも、まわりへの感謝を忘れないで過ごせたらと思います。

【ふろく】ナモちゃんからの年賀状

あたいがじゅうしょくに拾われて、もうじき1カ月です。
「おしょうがつ」はなんのことかしらないけど、あけましておめでとう、となでてくれるニンゲンがおおいので、わるくないわ。

もうすこしおおきくなったら、お寺にもしゅっきんしたいです。
またね

大晦日

昨日は冬と思えない天候でしたが、きょうはあられ混じりの雨が降っています。

2019年も残りわずか。

みなさんにとってどのような1年だったでしょうか。

ことし住職となりましたが、職業的にこなしていないだろうかとふりかえっているところです。

親鸞聖人のことばに、「浄土を論ずるものも常に多けれども、その要を得てただちにおしうるものあるいは少なし」とあります。

教えを論じる人は多い、けれどもその通りに生きる人は少ない。

グサっときます。

自省しつつの年の瀬です。

明日は大晦日

坊守です

土曜が仕事納めで、気づけば明日は大晦日…ということで、住職の朝のお勤めに1人と1匹ついていき、本堂のお飾りを迎春モードに整えました。


「除夜の鐘」の張り紙や、掲示板の言葉も書いたので、居間がお習字教室状態に。住職の筆の運びをみていると、お習字の成果が出ているじゃないの!と思えるものでした
(新年以降は、掲示板の言葉もオリジナルにしていきますので、乞うご期待)。とにかく先生に感謝です。

そして、お昼前後でドライブかたがた奥神鍋の道の駅まで買い出しに。ここはお野菜が豊富でお安い。
煮物用に探していたゴボウは、イメージ通りの品がなかったのですが、たいへんなモノを手に入れました。わたしの腕より太いのです。煮れば柔らかくなるそうなので、半信半疑でしたが、これから、筑前煮に仕立てていきたいと思います。

除夜の鐘と百八の煩悩

大晦日は11時30分より除夜の鐘をつきます。町内のみなさん、岩井温泉にこられる旅行者のみなさん、ぜひお越しください。甘酒もあります。

除夜の鐘を108回つくのは煩悩を滅するためと言われますが、浄土真宗ではそもそも打っていなかったそうです。

「正信偈」には、「不断煩悩得涅槃」とあります。親鸞聖人は和讃で「無慚無愧(むざんむぎ)のこの身にて まことのこころはなけれども 弥陀の回向(えこう)の御名(みな)なれば 功徳(くどく)は十方にみちたまふ」と詠まれています。

ここにも示されているように、浄土真宗は自分の力で煩悩を滅することはできず、それを抱えたままに阿弥陀仏に救われるという教えです。

なぜ打つようになったか? 中央仏教学院で煩悩の内訳を1時間かけて説明してくださる先生がいらっしゃいましたが、先生曰く、「世のならいによってつくようになりました」。

先生が配布してくれたプリントを見返すと、細かい字で書き込みをしていました。

百八の煩悩について興味ある方は、写真をクリックしてください。

ネット上では図解して解説されている方もいらっしゃいます。九十八隋眠(きゅうじゅうはちずいみん)で検索するとわかりますよ。

ちょっと理屈っぽい話になりましたが、除夜の鐘は年末年始の恒例の行事として打ちます。それとともに、煩悩から逃れられないこの身を、年の変わり目に、いささかでもみつめなければという気持ちも込めて。