忘れられない葬儀のこと

朝、先週の金曜日、悪天候のため延期した墓じまいへ。岩井集落からすぐの地域の墓地、それも一番上の方にありました。近くには無縁墓になって荒れた状態になっているお墓もありました。

お墓の前でしばし読経です。「登りはまだええけど、下りが大変だで」とご近所さん。確かに葉っぱが地面を覆い、滑りそうな道でした。この度、下の方に墓地を移されるとのこと。

私がまだ小さい頃は、周辺の田んぼも青々として、山道も人の手が入っていました。今は耕作ができなくなった田んぼや畑が目立ち、うちの境内にも夜、鹿が出ることもあります。お墓のお花をかじったり、芽が出た野菜を全て食べたりと動物界との境界線がなくなっています。

お墓から帰って、日中は来年の法事の案内づくりです。もう来年が7回忌なのかとある葬儀のことを思い出しました。2019年の夏、大阪在住で町内出身の方の葬儀に出向いたことがあります。住職を継職して約1カ月後のことです。参列したのは親戚の方お2人でした。年賀状のやり取りでつながっていた親戚の方が生前、故人さまから、「もしもの時は葬儀を出してくれないだろうか」と頼まれていたそうです。3人で葬儀を勤め、火葬場で荼毘に伏しました。収骨までの時間に葬儀に至るいきさつを詳しくうかがってとても心を動かされたのです。

あの日、思ったことを忘れないようにしないといけないなあと、改めて。

自分にできることがあればさせていたこう。
できないことはできる人の力を借りてさせていただこう。

「歎異抄」を輪読する

あっという間に12月です。今日は午前中、法事が2件ありました。残すところ今年の年回法要も来週末の1件のみ。上旬は、来年の年回法要の案内づくり、西法寺通信の作成に力を注ぎたいと思います。

午後は「歎異抄」の輪読会でした。私ふくめて4人の参加。第10条から第12条まで読み、意見交換しました。
「歎異抄」は第18条まであります。第10条の後半部分は、「中序」と言われています。唯円さんが、親鸞聖人の教えが誤った解釈で広がっていくことを嘆き、以下、詳しくのべますという書き方になっています。鎌倉時代当時、親鸞グループの数は数万人の規模だったそうです。当時の人口は800万人ほどですから、人口比から考えると小さくない勢力です。

「なぜ日本で仏教が盛んになったの?」という質問がありました。

親鸞聖人の教えというのは、煩悩を抱えたままの私が、阿弥陀仏に救いとられ、いのちつきた時には浄土に生まれ、智慧と慈悲の仏となるという教えです。それまでの日本の仏教の教えとは大きく違います。従来の教えではこぼれ落ちていく人がたくさんいて、まさにその人たちのための教え、仏教が日本で誕生したという事でしょう。そこにひかれた方たちが大勢いらっしゃったからではーー。

といった説明を私の方から。

第12条には有名なくだりも。
「本願を信じて念仏を申さば仏に成る」

そうそう、輪読会の前に、本堂にカラオケセットを出してマイクテストしました。セットといっても簡単なもので、インターネットにタブレットをつなぎ、音をスピーカーに飛ばしてマイクで歌うというものです。1人、中島みゆきさんの「糸」、美空ひばりさんの「愛燦燦」を熱唱しました。これからの時期、出番がありそうです。お寺の忘年会、なもなもサロンはカラオケもありで開催したいと思います。