坊守です。
今朝は、和歌山のお寺の前住職夫妻が立ち寄ってくれました。
前住職さんは、本願寺の要職をつとめ、宗門校の役員もされていた方です。
前坊守さんは、わたしの母の親戚筋にあたります。わたしたち夫婦がUターンして西法寺で働くことになると決まってから、浄土真宗の初心者向けの読み物をドサッと送ってくれたり、都度都度で声かけをしてくれていました。前住職さんは、新住職・坊守の誕生を喜んでくださり、住職に輪袈裟を送ってくださいました。こちらの世界にきてから、保護者や先輩がたくさん出現してくださいましたが、そんな保護者のおひとり、いえおふたりです。
前坊守さんは、いまも、読んで面白かった本が届いたり、西法寺通信をみて「このご講師さんは、うちにもご縁があってね」と、電話をかけてきてくれたり。
気にかけてくれる存在がある、というのは、幸せの重要な構成要素だと思います。
うちの前住職は、はりきって西法寺の歴史を語っていました。江戸時代に三業惑乱(さんごうわくらん)という教義論争があったそうです。本山の学僧と在野の学僧の間で激しい論争があり、宗派内で解決できず、寺社奉行の裁定で、本山の側に誤りがあるとされました。当時の西法寺の前住職は論争の矢面に立っていました。そして、あやまりの責任を取る形で自害! 遺言として、「法を開き 身命を捨てん」とのことばを遺したそうです。和歌山の前住さんは、「ご法義にそれだけ熱心であったということなんでしょうね」とポツリと話されました。
うちの住職は、黙って聞いていましたが、「正しい、間違い、という判定は下っているけど、いま受け継ぐべきは、親鸞聖人のひらいた浄土真宗のみ教えに対する真剣さということじゃないかなぁと思っていたので、すごく共感。機会があれば前住さんからいろいろ教えていただきないなぁ」とあとでいってました。
ちなみに移動は自家用車。
「島根県のお寺を訪問することになったから、『ついで』に寄るわ〜」というお話でした。でも、気づけば「ついで」なんて言い難い距離でした。
コロナのせいで、和歌山にも行けていませんが、「今度は自分たちが行こう」と、住職が決意しています。
和歌山のお土産、知る人ぞ知る、鈴虫ハンドクリームをいただきました。虫は入っていません。

ご接待、お疲れさまでした。
いつも、気に掛けてくださる方たちです。
跡を継ぐ決心をとても喜んで下さって、何度も「よく決心した」と言ってくれてました。
そして掛け持ちの仕事をする坊守のことを「体は大丈夫だろうか」と、いつもとりわけ気遣ってくれてます。
前々から行きたいと言ってくれてましたので、実現して良かったです。
そちらの前住さんとも深いお話が出来、本当によかったです。
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おかげさまです。
あんな風になりたいな、と思える先輩がいて、嬉しいです。ありがたいとしかいえません
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