人の善意を喜ぶ

今日は、半分休みつつ、半分お寺の勉強会の準備をしています。
集中して本を読んでいると、周りの音が耳に入りませんが、手を休めると、部屋の外ではひぐらしの大合唱です。

お寺の勉強会の準備のため、ある仏教書を読んでいたのですが、「随喜善」(ずいきぜん)という教えがあることを知りました。

その意味するところは、他の人のために何かをすることよりも、他の人が、別の他の人のために何か善いことをしたときに、それを喜ぶ方が値打ちが高いということのようです。

なぜこのように考えるのかといいますと、私たちは何か善いことをすると、誇る気持ちが生まれてくるからです。

ところが、他の人が善いことをしたときには、自分の手柄にすることはできません。

「あの人は善いことをしてよかったなあ」と喜ぶことの方が、自分に対するとらわれを深めていないという点で、値打ちが高いのだそうです。

先週の土曜日、町内で野菜を作っている2人の方から、「無料市に野菜を出しますよ」との申し出をいただいて、ありがたいことだなあと喜んでいたところでした。

これも「随喜善」ということなのでしょうか?

投稿者: 西法寺

西法寺のHPを管理している釈大朗です。よろしくお願いします。

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