今日は朝から慌ただしく過ごしています。
まず、頼まれていた過去帳への記載です。
「薄い過去帳はありませんか」とのご希望を受け、市内の仏具屋さんが対応してくださるとわかり、注文したものを金曜に受け取りました。一般に市販されているものと比べて厚さは半分程度です。これはいいことを知りました。今後も希望があれば応えられそうです。記載の方は1時間ほど机に向かって完成。水曜日に届ける予定です。
その後、午前中は50回忌のお勤めです。
若い頃、海の事故で夫と死別し、残された奥さまは子育てをはじめとして、さぞ大変なことがおありだったと思います。以前は、本願寺にもよくお参りされたとのことで、いい思い出として残っているそうです。前住職とおしゃべりして帰られました。
昼から逮夜参りに出かけようと玄関からでがけにお客さんがありました。過去帳への記載をお願いされ、来月の法事の際にお渡しすることにしました。「住職、小遣いも入れといたけえ、お願いするで」とのこと。フランクなご門徒さんなのです。ちなみにお布施ですから、私の小遣いにはなりません。
午後は、逮夜参りでした。故人さまのご自宅の仏間にうかがったのは、本当に久しぶりでした。手を合わせ、ご兄弟や親族の方がたと一緒に『阿弥陀経』を読み、少しお話しさせていただきました。
逮夜参りはこのところ依頼されることが少なくなっています。葬儀→逮夜参りはなし→四十九日というのが普通になってきました。呼んでいただけるのはありがたいことです。
仏間でのお勤めは、お寺参りとは違ったよさがあります。本堂では読経される方はあまりいませんが、自宅でお勤めすると、多くの方が声を出されます。
「後片付けが大変です。だいぶきれいになりましたけど」とのこと。その話題にちなんで、掃除三昧を通じて高僧となった周利槃特のお話しを少し
「自分の名前は何だっけ?」と覚えられないような方だったそうです。愚かさに涙する姿にふれたお釈迦さまは、「世の中には、自分が愚かさを自覚していないものが多くある。愚かさを知ることはとても大切なことだ」とお釈迦さまから慰められます。そして一本の箒を渡され、日々、「チリを払い、アカを除かん」ととなえながら掃除をするようにとすすめられます。周利槃特は、尽きることのないチリやホコリにふれる日々の中で、尽きることのない煩悩、汚れている自分の心に気づかれたのです。彼が亡くなると、お墓から名前のわからない草が生えてきました。草かんむりに名と何。いつの頃からかこの植物は茗荷と呼ばれるようになったんですよ。
お釈迦様と周利槃特の話は、自分で話していても、本当に考えさせられます。
明日は納骨のお勤めが網代であります。これで今月の予定されているお参りは最後になります。
ゴールデンウィークをはるか昔のことのように感じる5月最後の週末です。