手をあわせる姿にふれるということ

今日は33回忌のお参りでした。お孫さんたちは小、中、高校生です。亡くなられたおじいさんと面識はありません。それでも、おばあちゃんが毎日、仏壇の前で手を合わす姿にふれています。こういう環境で育っている若い人たちは落ち着いた感じがします。

実はこのおばあちゃんの前でお経を読んで冷や汗をかいたことがあります。いまから4年前のお盆参りの際、ご自宅の仏間で「讃仏偈」という短いお経をあげました。「それなら私、暗記しています」と私の後ろに座られて、経本をひらくこともなくいっしょに読まれるのです。

当時の私といえば、中央仏教学院の生徒で、「讃仏偈」を暗記していませんでした。すらすらとでてくる偈文に、「かなわないなあ」と冷や汗ものでした。

その姿にふれているから、目にしているからなのか、お孫さんたちはていねいに手をあわせていました。おばあちゃんは寄り添って焼香のしかたを教えられていました。微笑ましい光景でした。

「夫が亡くなってからです。お経を読むようになったのは」とおばあちゃん。

33回忌。

こうして仏縁をご用意してくださった亡き方に感謝申し上げたい気持ちです。

投稿者: 西法寺

西法寺のHPを管理している釈大朗です。よろしくお願いします。

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