一周忌のおつとめ

3日前に積もった雪も、この2日間の春のような天候で一気に溶けていきます。

今日は一周忌の法事が2件ありました。亡くなられてから丸一年のお勤めです。

お通夜と葬儀のあとにつとめる還骨法要の際に短い法話をします。話す内容は原稿にしていますので、一周忌の前にはそのときの内容を読み返してのぞみます。私は長くお寺にいませんでした。通夜・葬儀の際に初めてお会いするご門徒さんもいらっしゃいます。臨終勤行にうかがって、その際お聞きした思い出を原稿に落とし込むようにしています。読みかえすと1年前の記憶が蘇ってきます。

メモを見直さなくても覚えていることもあります。「母は大八車をおして魚の行商をしていました。自分が教育を受けられなかった分、教育熱心な母でした」。長男さんからうかがったお話です。

なぜ覚えているのか。それは何度もそのことを思い出すからだそうです。

そうなのです。地域を歩いたり、折々の法要であったり、お見かけすると、その時うかがった話を思い出すのです。

忘れてもいいことはあります。しかし、忘れてはいけないことを受け継いで人は生きていくのではないか。

きょうの一周忌でそんなことを考えさせられました。

投稿者: 西法寺

西法寺のHPを管理している釈大朗です。よろしくお願いします。

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