昨日、標記の会がありました。宗派をこえた集まりで、市内の葬儀会社さんがセッティングされた集まりです。昨日で3回目でした。
まず養源寺さんより、インターネットライブ配信のレクチャーと、実際に養源寺さんの援助で年頭の法要を中継した経験が紹介されました。
当西法寺も一応、配信することはできる状況にはありますが、マニュアル化しておりません。いただいた資料をもとにして、復習したいと思います。
葬儀会社の方から最近の話として僧侶抜きの葬儀のようすが紹介されました。「お寺が来る権利はない」と断られた方、そしてお別れ会をされた遺族の事例。葬儀会社としても複雑な思いがあったそうですが、参列された方の感想は、「いままで参加した葬儀の中で一番良かった」。
僧侶が執り行う葬儀は読経中心です。他方、お別れ会のような形態は、故人をよく知る方が心のこもったメッセージを読み上げたり、好きだった音楽をかけたりといった自由度があります。私も若かった時代に僧侶抜きの葬儀を仲間としたことがあります。故人も無宗教の方でしたから、僧侶を呼ぶという発想がそもそもありませんでした。
日本は「無宗教」の方が多いですが、「世間体」という目もあり、宗教儀礼による葬儀が選ばれています。先人から「仏さんを大事に」との教えを受けている方もいらっしゃいます。ですから、取り次寺に依頼してとなる方が郡部では多いでしょうが、それは果たしていつまで続くのでしょうか。直葬は減ることはないでしょう。
鳥取市が永代安置墓を10万円で販売しているという話も聞きました。納骨堂は寺院経営を支える一つの柱になっています。行政による10万円での販売は、お寺にとっては驚異でしょう。永代供養に50万、100万とかけられる人ばかりではありません。
懸命に生きる人たちの苦悩に向き合うことが本来の仏教や浄土真宗の道であると思います。
宗教に期待しない方たちが問題なのではありません。本来の宗教に立ち返り、見直され、つながるお寺を目指していこうとあらためて思いました。