朝、網代で配り物をしていたときのこと。お寺のことをいつも気にかけてくださるYさん宅で話をしていたとき、大事なことをうかがいました。
私が小学生の頃、大きな海難事故があり、乗組員の方々が亡くなられました。その事故の日が、きょう12月1日だったのです。
いまから3年前の春、私は僧侶となって岩美町に帰ってきました。4月に宅参りがあり、網代のご門徒さんのお宅にうかがいました。その際、若い方の写真が掲げられていたお宅がありました。
仏壇の前でいっしょに手を合わせた家の方から、「これは息子です。海の事故でなくなりました。まだ二十歳でした。出港を見送りに行った日のことは忘れられません」
そしてこうおっしゃったのです。
「私が朝晩、こうして手をあわせるようになったのは息子のおかげなのかなと思います」
そのお話はとてもよく覚えているのですが、当時は網代の地図が頭に入っておらず、きょう、それはYさんの家であり、Yさんの義理のお母さんであった知ったのです。
本山から度牒を授かれば僧侶にはなれます。しかし、僧侶に育ててくださるのはYさんのお母さんのような方です。
本日、お母さんは不在でしたが、娘さんにお礼を述べてご自宅をあとにしました。