植木徹誠さんのこと

8月16日、今年は小さな規模となりましたが、初盆・盆会・戦没者追悼法要を行いました。

戦没者追悼法要は、先々代の13世釋法隆(祖父)が始めたものです。私が小学生の頃、往生しましたがら経緯について話を聞いたことはありませんが、少なくないご門徒を戦地に送り出したことに恥じ入っていたのではないかと想像します。というのも、釋法隆は、お寺の鐘を供出した時のてん末を手書きの書に残していますが、そこには祖父の悔しさがにじんでいたからです。

戦没者追悼法要にあたり、一冊の本を読みました。
『反戦僧侶植木徹誠の不退不転』
真宗大谷派の僧侶である大東仁さんによるものです。

昨年観た『戦争は罪悪である』という映画に植木徹誠さんと思われる人物が登場していました。どんな方だったのか知りたいと思っていたのですが、本の存在を知り、購入した次第です。

植木は、治安維持法で4年間の間、投獄された真宗大谷派の僧侶であり、俳優・植木等さんのお父さんです。

大東さんは平和と平等を求めた徹誠の実践を紹介しています。
治安維持法違反で拘束されていた時の調書なのでしょう。『三重県特高課司法警察官の「意見書」』の中に徹誠の発した言葉が刻まれています。

「人間ハ世界中皆同ジ関係ニアルノヤデ、戦争ヲシテ殺シ合ヒスルト云フ様ナコトハ馬鹿ナコトデ、本当ニ人ガ人ヲ殺スト云フ様ナ事ハムゴタラシイ事ヤ」

「宗教家ガ戦争ヲ弁護スルノハ矛盾シテヰル。宗教家ガ戦争ヲ弁護スルトハ恐入ッタ。元来宗教家ハ戦争ニ反対スベキモノデアル」

大東さんは「いのちは『不殺』であるべきであり、いのちは『平等』である、という浄土真宗の教えを語った」と記しています。

82歳の時、倒れた徹誠は、病床で「等、俺はあの世に行っても親鸞に合わせる顔がない。俺は恥ずかしい、恥ずかしい」と語ったというのです。そして最後の言葉は「ありがとう、ありがとう。おかげで楽しい人生を送らせてもらった」であったそうです。

数は少ないとはいえ、こうした僧侶がいたこともまた、記憶しなければなりません。

投稿者: 西法寺

西法寺のHPを管理している釈大朗です。よろしくお願いします。

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