「批判するな」について

危機的なことが起こると、とりわけ政府のやることを批判すべきではない、というもっともらしい論調があちこちから起こります。しかし、よく考えなければいけないのは、長いものには巻かれろっていう話になってはいないかということです。日本の主役は総理大臣ですか? 私たちは脇役、エキストラなのですか。違うのではありませんか。おかしいと思ったことは声に出さないとうまいこと丸め込まれてしまいかねません。今回の一律10万円給付も強い批判を受けて政府が方針転換したのですから、真っ当な批判だったといえるでしょう。「いいねも多い」などと菅さんもタイコ持ちじゃないのですから。

ちょっと話は変わりますが、親鸞聖人の批判的態度について紹介します。

専修念仏、南無阿弥陀仏は当時・鎌倉時代の宗教界では異端の教えでした。厳しい修行もなく、仏の救いに任せて念仏をとなえるものはみな、仏となる。宗教界から見れば我慢ならない教えだったのです。比叡山や奈良の興福寺から専修念仏停止が朝廷に上奏されます。朝廷は困惑したようですが、後鳥羽上皇のお気に入りの女官が専修念仏に感動し髪を落として出家するということがあり、上皇は激怒。4人の僧侶が死罪、法然聖人や若き日の親鸞は流罪となりました。後年、親鸞聖人は『教行信証』にこう記しています。

「主上臣下、法に背き義に違し、忿りを成し怨みを結ぶ」

当時の法律に則れば、女官を出家させたことで死罪になどできるはずもないと怒りをあらわにし、上皇をきびしく批判しています。

実はこの「主上」のことば、第二次世界大戦中、不敬にあたるとして、「拝読を遠慮する」と本願寺は軍部に届け、当時の『教行信証』から欠字させました。

排除と差別をあおるような批判が許されないことはもちろんのことです。しかし、真っ当な批判を忘れた時に何が起こるのかを、私たち本願寺派の僧侶は、深く自覚しなければいけないと思います。

投稿者: 西法寺

西法寺のHPを管理している釈大朗です。よろしくお願いします。

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