無慚愧は名づけて人とせず

森友学園に関する文書改竄を指示され、自死された方の手記が報じられ、あらためてこの問題がクローズアップされています。手記全文が掲載された「週刊文春」を買おうとコンビニに行きましたが、売り切れでした。

抵抗したにもかかわらず、文書の改竄を強要された職員の方は自死に追い詰められたのです。その一方で、指示したと思われる方たちは、いずれも出世しています。

「佐川理財局長の指示」で文書を改ざんしたと手記にはあります。財務省が一昨年にまとめた報告書では「指示はなかった」となっていますから重大な食い違いがあります。にもかかわらず政府は「再調査はしません」。

このニュースに触れて、この言葉が頭に浮かびました。

無慚愧は名づけて人とせず、名づけて畜生とす。

『涅槃経』にあることばです。慚愧とは恥じることです。畜生とは、愚かさにひきずられて生きることです。

国有地の売却をめぐり、安倍首相が首相も夫人も「関与はない」と答弁したことから公文書の改ざんが指示され、そのなかで改ざんに抵抗した職員が指示に逆えず改ざんさせられ、そして自死においこまれたのではなかったか。

裁判に訴えたご遺族の、「本当のことが知りたい」との叫びを無視するのでしょうか。いまからでも遅くありません。関係者は法廷で、政府は国会で何が真実なのかあきらかにしてほしい。

投稿者: 西法寺

西法寺のHPを管理している釈大朗です。よろしくお願いします。

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