名乗りをあげる

法名というものがあります。亡くなってからつけられると思われている方が多いかもしれませんが、法名は生前に授かることはできます。浄土真宗本願寺派では、西本願寺でのおカミソリ(帰敬式)をへて、生前法名をいただきます。私も、僧侶になる際に釋大朗という法名をいただきました。

ご門徒さんのなかにも生前法名をお持ちの方がいらっしゃいます。
「諦」(たい)という文字の入った法名を拝見する機会がありました。
「あきらめる」という意味で一般的には使われる言葉ですが、「諦」は明らかにする、真実という意味がもともとあります。

仏教を開いたブッダは、四諦という真理を明らかにされました。
①苦諦 この世は苦(思い通りにならないこと)に満ちたており、思い通りにはなかなかならない人生を私たちは歩んでいるという真理。
②集諦(じったい) その苦しみには原因(欲望や執着や怒りなど)があるという真理。
③滅諦 その原因を取り除くことができれば、苦もまた取り除くことができるという真理。
④道諦 その原因を取り除くためには8つの方法(八正道)があるという真理。

真実を目指すことを諦めず、歩んでいってくださいという意味なのかなあ、大きな一字であるなあとしばし感心させられました。

私の大の一字は、大乗仏教からとられたものです。大乗仏教は、自らのいのちを他者のために活かすことを大切に考えています。

昔は元服すると名前は変わったのでしょうが、今は途中から名前を変えることはほとんどないと思います。親からもらった名前を大事にしつつ、仏様から授かった名前に見合った生き方を目指す。そんな方が増えるといいなあと思うのでした。

投稿者: 西法寺

西法寺のHPを管理している釈大朗です。よろしくお願いします。

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