そういえば、通信教育は…

9月に、中央仏教学院の通信教育部に入ったと、このブログでご報告してから、気づけば5カ月目に入りました。
学校から送られてきた6種(仏教、宗教、真宗、寺と教団、伝道、つとめ)の薄い教科書とお経のCD1枚、出張の移動時間と、週末の法事の待ち時間を中心に開くことにして、とりあえずすべてに手をつけました。CDは、通勤の往復にリピート再生中です。

春にスクーリングがある、と学校からお知らせが来てり、レポートや試験があるやんか、と気づいて、ちょっと焦っています(いまさら?)。
テストがないと真剣に学習に向かえないという、つまらない習性が受験教育によってわたくしの身にもついており、「結局なにをいってるんだっけ?」と、教科書の巻末にある【学習のねらい】を書き出しながら、再読するしかなさそうな仕上がりです。

ただ、やっぱり学ばせてもらうのは、だいじだ、ということは実感しています。
たとえば、日本国憲法は持ち歩いていますが、「信教の自由」を、浄土真宗の関係者の(端っこの)視点から捉えることはいままでありませんでした。
また「伝道」という教科については、最初から「インポッシプル!」と構えていましたが、まあまあ面白い。何を聴くか?どう聴くか?という聞法(もんぽう)についてや、伝道は、教えることではなく伝えること、という姿勢から学習。お説教に来てくださる「ふきょうし」さんを「布教師」ではなく「布教使」と表記するワケだなぁと、お寺で目にする当たり前が解明されていっています。

たぶん、こういったことは、住職や前住がすでに話してくれたことかもしれませんが、
わたしが寺に居る時は、だいたい、お茶だのなんだのでワーワーとなっているので、聞く耳がなかったのでしょう。

今後は、ナモちゃんに邪魔されながら、ノートをつくります。

投稿者: 西法寺

西法寺のHPを管理している釈大朗です。よろしくお願いします。

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