明日ありと思う心のあだ桜

報恩講でお話しする内容を、昨日から引き続き考えています。
今日は、幼少の頃からの親鸞聖人の生涯について本で調べていました。

明日ありと 思う心のあだ桜
夜半に嵐の 吹かぬものかは

親鸞聖人(1173-1263)が9歳で出家した際、詠んだと伝えられている詩です。

「もう今日は遅いから、明日にしてはどうか」との声に、「明日もまた咲いていると思っている桜であっても、夜中に嵐でも吹けば散ってしまう」と返答し得度を済ませたというエピソードです。

そういえば最近、桜が何かと話題ですね。

「明日ありと 思う心のあだ桜」

親鸞聖人は、あすいのちがあるかどうかわからない、だから今日、出家したいという思いを詠ったのでしょう。

安倍首相の場合は、あす(来年)も政権があると思うから、桜を見る会の予算を3倍にまでしようとしているのでしょうか。

こんなことを考えていると仕事がはかどりませんね(苦笑)

投稿者: 西法寺

西法寺のHPを管理している釈大朗です。よろしくお願いします。

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