イモムシたちのその後

アゲハチョウの幼虫、イモ子ズは、台風を経て6匹から3匹に減りました。

残った子たちは我が家の玄関で保護していますが、それぞれが好きにやっております。

Lサイズの個体は、葉っぱを喰うのをやめて天井徘徊をはじめました。Sサイズは枝に停滞、目を離した隙に、水面にダイブしかけて救出する羽目に。

SSサイズは、瓶の壁面にくっついたと思ったら、半日で小さな小さなサナギになっていました。

天井のLサイズは、救出して柚子の葉に戻した方がいいのか、好きにさせておいていいのか、イマイチわかりませんでしたが、どうやらこの場所でサナギになりそうな気配。

無事、蝶になるといいのですが。

映画を見てきました

県中部の北栄町まで映画を見に行きました。

『明日へ〜戦争は罪悪である』

戦前、戦争で死ぬことを肯定し、戦地に送り出す役割を果たしていた僧侶が、ある出来事をきっかけにして、深く懺悔し、戦争は罪悪であると発言し、その主張を曲げずに貫いた姿が描かれていました。

なぜ変わったのか。それがこの映画の大きな見どころです。

主演は中原丈雄さん。『花子とアン』などテレビドラマでおなじみです。私としては、『植物男子ベランダー』のおじさん役がイチオシでしたが、この映画、熱演でした。

戦争で人殺しだけはするな。

いったん起きてしまえば、殺すしかなくなる。戦争は人を狂わす。

人の命より尊いものがあるのなら、教えてください。命をなきものにする全ての行いは、悪だ。

人の道を説くものが若者を戦争に送り出した罪は重い。戦争は罪悪だ。

耳に残るセリフもたくさんありました。

モデルは真宗大谷派の竹中彰元さん。(映画では大谷派の僧侶としては描かれていませんでした)

当時の仏教者が戦争を合理化した、今となってはへ理屈に、一殺多生があります。釈尊の不殺生の教えを、多くの生命を助けるためには多少殺しても構わないとしたのです。そのあたりの下りも描かれており、考えさせられます。

うちでも上映会してみようかなあ。

過去帳を書く

字の下手な私にとって最大のプレッシャーは過去帳に記載することです。

位牌のない浄土真宗では、法名(釋〇〇)、名前、なくなった日(仏として生まれた日)、年齢などを過去帳に記載します。

午前中、何度も下書きして先ほど過去帳に記載しましたが、やはりというか下手な字でいけません。

過去帳をめくるとそのご家族のご先祖さんのお名前がたくさんかかれています。最初の方は明治にさかのぼります。

いや、それにとどまらず、人類のいのちのリレーは数百万年、地球に最初に生まれたいのちは38億年もさかのぼれるそうです。

いのちって不思議だなあと感慨にふけっていると、私の下手くそな字が飛び込んできて、また現実に連れ戻されるのでありました。

昼ごはん、あじろのなだばたさんは大繁盛でした。「小さな旅」の影響でしょうか。いつもならおばちゃん方と世間話するんですが、その隙間なし。ごくろうさまです。

西法寺便り第2号

寺報の第2号を作成中です。

何を書こうかと思いましたが、4月から連日更新しているホームページをご門徒さんにお知らせすることにしました。

読み返してみると、この5カ月の記憶が蘇ってきました。書いてなければ大半忘れていたかもしれません。

多い日には50人の方にアクセスしていただいています。小さなことであっても連日の更新が続くようにつとめます。みなさんに感謝です。

便りの方は10月の半ばから配れるように、すみやかな完成をめざします。

お寺の掲示板

お寺の前に置かれた掲示板。目にするのは前を通る人に限られますが、インターネット上で交流され、昨年は「輝け!お寺の掲示板大賞2018」が開催されました。そこに投稿された作品を集めた一冊がこのほど発売され、購入しました。

大賞は、おまえも死ぬぞ

釈尊の言葉「生まれた者が死なないということはあり得ない」を岐阜・願蓮寺の住職さんが、より直接的な物言いにしたもののようです。

これなんか、その通りだなぁと思いませんか。

当西法寺の掲示板は、印刷された標語を月替わりで貼り出しています。掲示板での布教を掲示伝道といいます。ネット社会のなかで新たな注目を集めているのでしょう。ウチも書いてみようかなぁ。