「絆」に思うこと

東日本大震災ののち、ある評論家の方が、こんなことを書かれていました。

絆とは、家畜をつなぎとめるための手綱がそもそもの意味である。

中国の漢字にはなく、中国の漢字を当てるのならば、伴である。

それを知って、半分(半人前)の人の横になって支えること、それを本来、「きずな」というのかなと思ったものです。

最近、トランプ米大統領と「絆」を深めたと言って喜んでいる安倍首相の姿をニュースで目にしました。

1機100億円以上もする戦闘機を100機以上購入することで深まる「絆」ってなんなのでしょうか?

あっ、もしかして、これは、文字通りの意味ではないかと。
安倍さんが、どんな真意で絆を使っているのかは存じあげませんが。

ところでいま、本願寺派は、「絆からご縁へ」と言っています。

ご縁というのは、つながりであり、相手との共生・協力をいうのだと思います。

そこには上下関係も、媚びへつらいもありません。

そっちの方がいいなと私は思っています。

投稿者: 西法寺

西法寺のHPを管理している釈大朗です。よろしくお願いします。

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google フォト

Google アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中